第7話:測定の儀式と、漆黒のパテ埋め


「セレナ・フォルテス。……前へ。この測定水晶に手をかざしてください」


教師の厳格な声が響く。お嬢は緊張で指先を震わせながら、一歩一歩、壇上の巨大な水晶へと歩み寄る。


その背後では、ギャラリーの生徒たちが「病弱令嬢のお手並み拝見」とばかりに、品性のない私語を交わしていた。


「見てなさい。彼女のお母様は、かつてこの学院の卒業生で、HPもMPも歴代屈指の数値を叩き出した傑物だったらしいわよ」 「でも娘はあの通り、つい最近まで死にかけてたっていうじゃない」 「期待外れの数字が出て、恥をかくのが関の山ね」


(……ケッ。どこの世界にも、他人の家の事情を大声で喋るスピーカー野郎はいるもんだな)


俺はお嬢の足元で、その「悪意」の味をソムリエとして吟味しながら、ため息をつく。不味そうだな、喰っても腹下しそうだ。お嬢のプレッシャーが跳ね上がり、心拍数が急上昇しているのが影を通じて伝わってくる。


(仕方ねぇな。……おいジーク、お前が毎日食わせてきた毒の成果、ここで見せてやろうじゃねーか)


「……はぁっ!」


お嬢が覚悟を決めて水晶に触れた瞬間。俺はお嬢の体内に溜まった「俺の分け前(MP)」を、一気に水晶へと流し込んだ。


ピキィィィィィィィン!!


静寂を切り裂くような高音と共に、水晶がこれまでにない漆黒と白銀の混ざり合った光を放つ。


「……な、なんだこの数値は!? 表示が……止まらない!」


測定結果:セレナ・フォルテス


MP:4,800 (※測定不能:エラー寸前)


HP:120 (※数値上は「健康体」として固定)


「4,800…!?こんなに高い数字、見たことがないわ! まさしく伝説の勇者の再来よ!」


教師が興奮で椅子から立ち上がり、お嬢の手を両手で強く握りしめる。さっきまで大声で笑っていた令嬢たちは、顔を真っ青にして「……四千? 四百の間違いじゃなくて?」と絶句している。


(ハッ! ざまぁ見やがれ。お嬢が震えてたのは、魔力が高すぎて制御を抑えてたからなんだよ……ってことにしておいてやるよ)


だが、俺(カゲレナ)の内心は冷や汗ダラダラだ。


【影の真実】 実際のお嬢のHPは、長年の病床生活により未だ「120」俺が影を極薄の「衣」としてお嬢に纏わせ、筋肉と骨の隙間を魔力の「パテ」で埋めることで、無理やり「健康体」としての形を保たせているのだ。


(……おいおい、センコウ。そんなに強くお嬢の手を握るんじゃねぇ。パテが剥がれたら、お嬢の手首がポッキリいっちまうだろ!)


「素晴らしいぞ、セレナ! さすがは私の教え子だ!」


背後でジークが、わがことのように鳩胸をさらに膨らませて誇らしげに立っている。


【状態:ジークの勘違い(極大)】 「私の毒修行のおかげで、セレナ様の生命力は鋼鉄をも凌駕するに至ったのだ!」と確信。鼻息が荒くなっている。


(……このおっさんも、いい加減にしろ。お嬢のHPは、今もなお『紙ペラ一枚』なんだよ。俺がMPで裏打ちして支えてなきゃ、今のお嬢は歩くことさえままならねぇ。……ったく、外の世界は、内側よりよっぽど気を使うぜ)


お嬢は、沸き立つ歓声の中で、どこか遠い目をしながら自分の手を見つめていた。


「……私、本当に天才なのかしら……?」


(ああそうだよ、お嬢。俺という『世界一重いランドセル』を背負って平然と歩けるお前は、ある意味で世界一のタフガルだよ)


俺は影の密度をさらに上げ、お嬢の関節が悲鳴を上げないよう、そっと、だが完璧に補強した。


果たして、この紙ペラの平穏はいつまで続くのか――

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