神様さえ知らない未来の果てまで
南賀 赤井
Stage.I:欠けた五重奏のプロローグ
病室の空気は、いつも白く、ひんやりと乾いている。
窓際に置かれたテレビでは、音楽フェスの特集が流れていた。画面の中で汗を撒き散らし、喉を枯らして歌う同世代のガールズバンド。その熱量が、分厚いガラスを透過してナツミの胸を抉る。
「……眩しいな」
つい数ヶ月前まで、自分もあそこにいた。
『God knows...』の旋律に乗せて、運命を無理やり変えてみせると咆哮していた。けれど今のナツミの腕には、ギターのストラップではなく、点滴の管が繋がれている。
入院と退院の繰り返し。
最高のライブを終えた直後に訪れたのは、栄光ではなく、体が内側から軋んでいくような「現実」だった。
《目に映るもの 全てが夢の欠片に見えた》
不意に、かつて聴いたあの曲のフレーズが脳裏をよぎる。
自由な体、響き渡る声、隣で笑う仲間。当たり前だと思っていたすべてが、今は手の届かない宝石のように遠い。
「ナツミ、またテレビ見てる」
ドアを開けて入ってきたのは、ベースケースを抱えたユイだった。続いて、不機嫌そうに真っ赤なギターを背負ったアン、無言でノートを開くカノン、そしてスティックを指で弄ぶリンが姿を現す。
「あんたがいない間に、外の世界はどんどん進んでるわよ」
アンがテレビの音を消し、冷たく、けれど挑発するように言い放つ。
「このままここで、夢の欠片を数えて終わるつもり?」
ナツミは点滴の落ちるリズムを見つめ、それからゆっくりと自分の喉に手を当てた。
声はまだ、死んでいない。心臓はまだ、この不条理な運命に対して怒りのビートを刻んでいる。
「……終わらせない。私の人生(Life)は、まだ一曲も書き終わってないんだから」
たとえこの命が、神様から借りた束の間のものだとしても。
目に映る絶望さえも全て夢の糧にして、もう一度、あの場所へ。
五人の「Dream of Life」が、静かな病室から再び動き出そうとしていた。
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