アンケート結果

 ブライの心境はとても複雑であった。


「む、むむむむ……」


 初日ということもあって、一学年の初日の授業は魔術勝負の一つだけ。

 残りは三学年の授業だったのだが……そちらは変わらずの自習でとりあえず終わった。

 そして、現在茜色の陽射しが窓の外から覗ける頃合い。

 ブライは一人割り当てられた部屋で一枚の書類と睨めっこしていた。

 その書類には『ブライ・ガーナスターの一年Aクラス担任における承認アンケート』と、大きく見出しが書かれてある。


「どうしたのかしら、ブライ先生は? 眉間に皺が寄っているけれど……不倫疑惑の証拠でも握られた?」

「先生に浮気という概念に至るまでの前提はないはずだよ? っていうか、あったらボクは今から超級魔術の成果をここで披露する」

「あら、だったら私は上級魔術の練習でもしようかしら?」


 なんて物騒な発言が、部屋の真ん中にあるソファーから聞こえる。

 浮気どころか婚約者がいることすら許さないお嬢さん達は中々活発である。


「ブライ先生、なんでそんなに悩んでいるの?」


 赤色の髪を揺らし、立ち上がったレイラはブライの横まで歩き、書類を覗き込んだ。


「……なぁ、そもそもなんでお嬢さんがここにいるわけ? 新入生はまずお部屋の荷解きからスタートしないといけないんじゃないの?」

「そういうのは、なんか勝手に取り巻きがしてくれるのよ。おかげで人に見られたくない趣味な本も持ってこられないわ」

「流石は公爵家のご令嬢様」


 その人目につかれたくない本が成人指定なものでないことを切に願う。


「まぁ、私がここにいるのは単純ね」


 レイラはクスッと笑い、ブライに顔を近づける。

 そして、大人びた雰囲気を携えながら耳元で───


「(ブライ先生と少しでも一緒にいたいって乙女的な話よ)」

「(………………)」


 ……落ち着け、心を平静にするんだ。

 流石はヒロイン。耳元で囁かれただけなのに、激しく心臓が高鳴ってしまう。

 けれども、相手は己の生徒なのだ。

 この世界が教師と生徒に対する倫理観がどこまで備わっているかは分からないが、少なくとも未だ現代人魂があるブライにとって手を出してはいけない案件。

 そうだ、ここは心をに───


「ちょっと! レイラちゃん距離が近いんだけど距離が近くていいのは助手アディウトルであるボクだけなんだけど!?」


 ……むにっ?


「あら、先輩って意外と大胆なのね。あまり女性が胸に殿方の顔を押し付けるのもどうかと思うけれど?」


 いけない、せっかく落ち着かせた心がざわつき始めた。なんでかとは言わないけど。


「い、いいもんっ別に! 先生これしてあげると元気になるのは知ってるし逆にこれで欲情してもらった方がいいね子供じゃないってアピールできるし持てる武器を全力で振り回すのがボクのスタイルなのだどやぁ!」

「ブライ先生、教え子から無鉄砲な特攻を受けた感想は?」

「おっと、ここで俺に振るのか全力でノーコメントだッッッ!!!」


 ここで何かを発言すれば、何かが大きく損なわれてしまう恐れがある。

 ブライは己の頭を抱いてくるアナスタシアを引き剥がし、とりあえず落ち着かせるために横の椅子へと座らせた。


「は、話は戻すが……今日のアンケートを見てたんだよ。ほら、成人指定もついてない健全な書類だぞ」

「あー、ボクが纏めたやつね。先生、残留おめでとう! エミリアちゃんが言った条件クリアだよ!」


 ブライがエミリアと約束をしたこと───それは、授業内容でAクラスの担任として相応しいかどうかを、アンケートを取って判断するというものであった。

 結果としては『賛成53%』、『反対47%』と、残留が決まったような形である。

 ただ───


「微妙……本当に微妙すぎる……ッ!」


 三度言うが、本当に微妙な結果である。


「交代なら交代でもよかった……だが、残留するからにはもっと票がほしかった! つまらなかったか!? そんなクイズ形式の街頭インタビューでしか盛り上がらないような結果になるほど面白くなかったか!?」


 どうせなら、どっちかに振り切ってほしかった。

 残留できないのであればヒロイン二人と関わることがなくなり、賛成票が多いのであれば推薦をもらうために奮闘できる。

 しかし、結果としては中途半端。

 アンケート以上の難易度な推薦をもらうにはかなり心許なく、これからのモチベーション的にも心にくる。


「まぁ、ブライ先生の評判はお世辞にもいいとは言えないものね。あの授業は圧巻の一言だったけれど、それでも納得……もとい、気に入らない生徒が多かったのでしょう」

「クソッ! ちゃんと菓子折りを用意していれば……ッ!」

「残念ながら、貴族の子供には菓子折りより権力よ」


 今の子供の世知辛さが酷すぎる。


(な、中々ハードすぎる……これはもう、推薦票獲得は三年生にシフトした方がいいか? いや、アナスタシアは推薦票を動いてるらしいし)


 こうなったら、懐いてくれているレイラへと望みを賭けるしかない。

 故にこそ、ブライはレイラへと向き直り、至極真面目な表情を見せた。


「なぁ、レイラ……お願いがあるんだ?」

「ど、どうしたのブライ先生……? そんな真剣な顔で見つめてきて……」

「単刀直入に言おう。俺に推薦票を集めるよう他の生徒に言ってくれないか?」

「推薦票? それって確か、コンペに参加するための条件だったわよね?」


 チラリと、レイラがアナスタシアへ視線を向ける。

 すると、どうしてかアナスタシアが「やれやれまだ諦めてなかったのか」的な感じで肩を竦め始めた。

 それが余計にも不思議に思ったレイラだったが、とりあえず改めてブライへと視線を向けた。


「もしかして、ブライ先生のあのオリジナルの件かしら? てっきりアナスタシアさんがあげているものかと……ブライ先生には恩があるし、できることならなんでもしてあげるつもりではいるけれど……」

「本当かありがとう! いやー、早く教師を辞めたくてさ───」

「ブライ先生に推薦票が集まらないよう頑張るわ」

「なんでもとは!?」


 ブライ、涙が隠し切れなかった。


(この子も……やっぱり俺のことを嫌って……こんなに懐いているように見えるのにィ……ッ!)


 これが悪役とヒロインという関係の弊害だろうか? なんて、ブライは情けなく顔を突っ伏してしまう。


「……先輩が近くにいるのに推薦票をあげてない理由が分かったわ」

「……分かってくれたか、後輩くん」

「とりあえず、胸でも押し当てたら元気になってくれるかしら?」

「それだ」


 そんな先生に対し、少しだけ意気投合したアナスタシアとレイラはそっと互いにブライの頭を胸へ引き寄せ、撫で始めた。

 ヒロイン二人が悪役の頭を抱き締めながら撫でる。なんとも非常にかなりとても羨ましく、同時に不思議な構図である。

 その時───ふと、部屋の扉がノックされた。


「し、失礼しますっ」


 聞こえてくる声は若く、女性のもの。

 とりあえず突っ伏して嗚咽を漏らしているブライが使えないと判断したからか、代わりにアナスタシアが「どうぞ」と口にした。

 そして、ゆっくりと扉が開かれ、現れた金色の髪をした美しい少女は───


「な、なんてことを生徒にさせているのですか!? ほ、本当に先生は最低な人ですねっ!」

「やめてこれ以上の心の負担はお断りなのよッ!」


 開口一番にあらぬ誤解。

 ブライのメンタルは、今日も今日とてサンドバッグであった。





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