お荷物追放食らった俺、育てた弟子達がSSSランクに至ったせいで史上最高の指導師として持ち上げられてしまう

歌うたい

第1話『追放(?)』

 歯が抜け落ちる夢を見た。使い古した靴の紐が切れた。太った黒猫に横切られた。しかもまたUターンして横切りやがった。二度も。

 そんな不幸の前触れ三連星が、今朝に起きたこと。だから今日はきっと良くないことが起こりそうだな、という覚悟はしていた。


「シレン・グレイジュライ。君は今この時を持って、僕らのユニオン『グローリー栄光の階段』を去ってもらう事となった。異論はあるかい?」

「⋯⋯えっ?」


 所属ユニオンのリーダーからそう言い渡されて、シレンの胸に去来したのは既視感だった。これ、なんか見たことある流れだと。

 蘇ったのは生前の記憶だった。読んでた娯楽小説のプロローグに似たような展開があったのだ。確か追放系ってジャンルだった気がすると、今まさに当事者の立場に置かれながらも、つい他人事のように考えてしまう。

 だから口をついて出た言葉も、どこか脚本に沿ったようなものだった。


「あー⋯⋯一応、理由を聞いても?」

「はあ? 分からないの? グローリーは今度、念願のSランクユニオンに昇格出来るのよ。つまり一流クランの仲間入り。そこにあんたみたいな二流を置いておく理由なんてないってこと!」

「自覚がないなんて言いませんよね? 剣も魔法も二流止まりで、サポートぐらいしかやれる事がないお荷物さん。貴方はもういらないの」

「そーよそーよ! お役御免よ!」


 問うシレンに容赦なく返したのは、同じユニオン所属のメンバー達だった。

 赤い槍使いに青い魔法使い、そして追従の黄色の弓使い。

 遠慮なく侮蔑と嘲笑を向けるその様はまさに、童話のシンデレラを虐める三姉妹だった。シレンも内心では信号機と呼んでいた事もあり、同じユニオンにありながらも友好とは言い難い関係だった。


「大体アンタみたいな地味な男がこのユニオンに居ること自体、おかしいのよ。女所帯に男ひとりなんて、どうせハーレムとか考えてたに違いないわ!」

「きっといやらしい目で私達を見ていたに違いありませんね。ああ身の毛がよだつ。出ていくついでに、衛兵さんにでも捕まってしまえば良いのに」

「そーよそーよ! 豚箱よ!」

「そこまでだ、子猫ちゃん達。シレンは君達よりも古株だろう。そんな言い方をしてはいけないよ。いいね?」

「「「はい、エレンさま!」」」


 信号機がシンデレラの三姉妹ならば、宥めるリーダーは王子様という役どころになる。実際、これ以上とないハマり役だろう。

 エレン・レッドエイプリル。それこそ絵本からそのまま出てきた様な金髪碧眼に整い過ぎた顔。だがスイカでも詰めてるのかというほどに膨らんだ胸や身体のラインから分かるように、エレンは女性だった。

 いわゆる王子様系の美女である。そんな彼女に窘められた信号機は、誰もが恍惚にエレンを見ている。ユニオン『グローリー』においては、うんざりする程に目にする光景だった。


「⋯⋯」


 一方でシレンは合点がいった。自分にとっては急展開であっても、彼女達はそうではない。明らかにこの追放劇に一枚噛んでいる。というよりは、彼女達が望んだ結果なのだろう。シレンは察し、そして"答え合わせ"も出来ていた。


《ああ、エレン様、本当によくぞ決断してくださったわ。他の二人と一緒にコイツの悪口言いまくった甲斐があったわね》


 シレンの頭に流れ込んで来たのは、赤い槍使いの心であった。非常に醜悪な内容だが、その唇は微動だにしていない。

 彼女含めた三姉妹は知らぬことだが、シレンは人の心を"読めることがあった"。


《何が古株よ。たまたまアタシより早くエレン様に出逢っただけの役立たずが。でもこれでやっと邪魔者を排除出来たわ。これからはアタシが一番の古株ね!》

《さようなら先輩。貴方から学ぶものなんてもうありません。用済みです。これからは私がエレン様をサポートしてあげますので、どうぞ消え失せてくださいませ》

《やった、ひとり減った! これでエレン様に話しかけて貰える数が、見てもらう数が、思って貰える数が増えるぞー! あと二人! あっとふったり!》


 続けざまに流れてくる信号機達の思考に、シレンは辟易する他ない。さりげなく黄色が一番怖かった。世界観がホラー映画館である。

 だがこのように、シレンは心を読むことが出来た。しかし自らの意思でトリガーを引ける訳ではない。あくまで時々なのである。条件もタイミングも、彼には分かっていない。

 更に意図しない発動する事も多かった。むしろ聞きたくなかった事を聞いてしまったり、知られたくないであろう事を知ってしまったりが常である。たとえば今回のように。

 故にシレンはこの迷惑な読心能力を『ランドマインLandmine/地雷』ならぬ『リードマインReadmind/降ってくる地雷』と読んでいた。


 読みたくもない思考を時々読める。便利なようにも思えるかもしれない。実際便利な時もあるにはあるが、大型はストレスの種にしかならない。特にこの三姉妹は常にシレンを邪険に思っているので、嫌な想いをする事の方が多かった。

 しかしである。リードマインが無ければなあと、シレンが一番に思うことが多い相手は三姉妹ではなかった。


「シレン。僕とて共にクランを立ち上げた君を追放とする事は辛い。だが、これは僕達の現状をより良いものにする為の手段なんだ。分かってくれるね?」


 心を読みたくない相手ランキングに於いて断然トップに君臨する人物は、改めてシレンへと向き合い、凛とした面持ちで彼の瞳を覗き込んだ。


《ハァハァ、凹み顔のシレンきゅん、たまらない。ああもう今すぐ抱き締めてよしよししてそのまま唇と貞操奪ってゴールしたい。もうゴールしていいよね?》

(⋯⋯うわぁ)


 エグかった。三姉妹とは違うベクトルで、かつ圧倒的にエグかった。なお見惚れるような王子様フェイスは微塵も崩れていない。それが余計にエグいし怖かった。

 ちなみにエレンとシレンは同い年の二十三歳である。タメの男にきゅん呼びである。まさにキツい、エグい、コワいの三拍子。


《はっ、駄目だ駄目だ。それではシレンきゅんと一度距離を置き、傷心モードの期間は僕を恋しく思ってもらって、さらにそこをすかさず慰めてイチャイチャするっていう一大作戦がポシャる! 最近やたらと子猫ちゃん達から名前が挙がるし、きっと子猫ちゃん達もシレンきゅんを狙ってるに違いないんだ。その為にもこの追放は絶対通さなくちゃいけない。がんばれエレン、欲に負けるなエレン。ここは心を鬼にするんだ。そうすればエレンとシレンはエイエンにヘヴン!!》

(いやそうはならんやろ。あと無駄に韻踏むな、ドン引きだよ)


 エレンのギラついた欲望こそが、追放劇の真相だった。これにはシレンもドン引きである。

 エレンを読心する機会はこれまでにも散々あったし、ご覧の通りの愛執ぶりだった。勿論性的な意味でも。爽やかな笑顔の裏で、R18な妄想が繰り広げられる事も少なくない。

 もはやシレンにとって歩く官能小説である。きっとリードマインが無ければ、シレンはとっくにエレンに喰われていた事だろう。

 それでもシレンは耐えながら、これまでこのクランに尽くして来たのである。そこに来ての、追放処遇。シレンは悟った。

 今しかねえ!


「異論はないね、シレン」

「はい、お世話になりました!」

「えっ」


 明日のことなど考えてないが、この転機を逃せない。そういや黒猫って吉兆でもあったよねと、シレンは脱兎の如くユニオンのホームを走り去った。それはもう全力の戦略的撤退であった。

 残されたのは、企みが成功したとほくそ笑む三姉妹。

 そして、なんか思ってた反応と違うと首を傾げるエレンのみであった。



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