第26話 毛皮

 王城が、また少しだけ騒がしくなった。


 でも今度は、

 慌ただしい、というより、

 落ち着いた忙しさ。


 人が増えて、

 物が動いて、

 説明が省略されていくやつ。


 ……あー。


 これ、

 行く場所、

 決まってんな。


 口には出さないけど、

 なんとなく分かる。


 交渉とか、

 段取りとか、

 多分そういうのが

 裏で終わったんだと思う。


「……まぁ、いいけど」


 ベッドに腰掛けて、

 ぼそっと言う。


 行くのが嫌なわけじゃない。


 ただ、

 選択肢が無かったな、

 ってだけ。


 それに。


「……寒い地域、

 なんですよね?」


 ふと思い出して、

 侍女さんを見る。


 一瞬だけ、

 間があった。


「はい」


 やっぱり。


「……それなら」


 少し、

 前のめりになる。


「防寒具、

 ちゃんと欲しいです」


 真面目な顔で言った。


 冗談じゃない。


 寒いの、

 普通に無理。


「今ある毛皮も、

 ありがたいんですけど」


 視線をやる。


 白い毛皮。

 大量。


 ふわふわ。

 温かい。


 一瞬だけ、考えた。


 フェイクファーしか、

 ちゃんと見たことない。


 触ったこともあるし、

 買ったこともある。


 軽くて、

 扱いやすくて、

 それで十分、って思ってた。


「……これ、

 本物なんだよね」


 口には出さない。


 出したら、

 話がややこしくなるのは

 分かってる。


 今さら、

 どうこう言える立場でもない。


 この世界では、

 毛皮は価値で、

 贈答で、

 敬意の形なんだろう。


 頭では、

 理解できる。


 でも。


「……ちょっと、

 どうなんだろ」


 小さく、

 胸の奥で引っかかる。


 現代的なやつ。


 倫理とか、

 環境とか、

 そういう話。


 ニュースで見たやつ。


 だからといって、

 拒否できるかと言われたら、

 できない。


 寒いのは、

 無理だし。


 この状況で、

 凍えるのは

 もっと無理。


「……使うけど」


 自分に言い聞かせる。


「ちゃんと、

 必要な分だけ」


 それで、

 納得したことにする。


 完全に割り切れない感じが、

 逆に、

 ボクっぽい。



 まぁでも。


「……動くときは、

 やっぱり

 着れるやつがいいです」


 着れるやつ。


 大事。


「オーバーで、

 ロング丈で」


 言葉が、

 自然に出てくる。


「あ、あと、

 袖も長めで」


「中に重ね着できる感じ」


「ファーは、

 長め欲しいです」


 一気に、

 早口。


「手袋も、

 ちゃんと指先まで

 覆えるやつ」


「マフラーは、

 巻いても垂らしても

 使える長さで」


「白基調で、

 できれば少しだけ

 奥行き出るやつ

 ボリュームください」


 ……止まらない。


 侍女さんは、

 メモを取っている。


 ちゃんと。


 止めない。


「……素材は」


 少し考える。


「白熊とかかな」


 ぽろっと出た。


 すぐに続ける。


「あ、でも

 この世界だし」


「知らない動物かも

 しれないですけど」


「とにかく、

 白くて、

 毛が長くて」


「触ったときに

 ちゃんと

 “あ、守られてる”

 って分かるやつ」


 一息。


「……お願いします」


 静か。


 でも、

 拒否される空気じゃない。


「承知いたしました」


 即答。


「献上された毛皮の中に、

 寒冷地のものが

 多数ございます」


 多数。


 ……多数。


「それらを用いて、

 仕立てさせていただきます」


「天使様用に」


 天使様用。


「……めちゃくちゃ

 作る感じですか?」


 恐る恐る。


「はい」


 迷いなし。


「用途別に」


 用途。


 ……用途?


「移動用」

「滞在用」

「屋外用」

「儀礼用」


 いつものやめて。


 増える。


「……まぁ、

 寒いよりは

 いいか」


 諦め半分。


 でも、

 正直。


 ちょっと、

 楽しい。


 頭の中で、

 もう形が浮かんでる。


 白。

 ロング。

 ファー。

 重ね着前提。


 天使の輪が

 上にあっても、

 バランス取れるやつ。


 浮いても、

 シルエット崩れないやつ。


「……これは、

 普通に

 テンション上がるな」


 小さく言った。


 誰にも聞かれてない。


 でも、

 久しぶりに。


「寒いなら、

 寒いなりに

 ちゃんと装備する」


 そう考えられる余裕が、

 戻ってきた。


 行く場所は、

 多分、

 もう決まってる。


 寒い地域。


 白い毛皮。


 献上品。


 ……あー。


「まぁ、

 いいか」


 どうせ行くなら。


 ちゃんと、

 可愛い格好で行きたい。


 天使でも。


 服は、

 大事。


 装備も、

 大事。


 寒いの、

 ほんと無理だし。


 そう思いながら、

 頭の中で

 何パターンも組み始めていた。


 ……忙しくなるな、これ。




 ─────────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る