「お前がやったのか?」
志乃原七海
第1話午前2時シリーズ:水面下の真実**
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### **午前2時シリーズ:水面下の真実**
午前2時。
リビングの時計は、カチコチと規則正しい音を刻んでいたが、その音さえも、この家では異質なもののように感じられた。家全体を覆う重苦しい沈黙。
「やけに風呂長くないか?」
壁の向こうの浴室から聞こえてくるはずの、湯の流れる音や、湯船に浸かる際の小さな水音が、一切聞こえない。静かすぎる。
妻はいつも風呂が長い。それは知っている。しかし、今日は流石におかしい。
私はコーヒーを淹れていた手を止め、静かに廊下を歩いた。浴室のドアの前で立ち止まる。ドアの向こうから、何の音も返ってこない。
「おーい!大丈夫か!」
声をかけるが、返事はない。
胸騒ぎがした。急いでドアノブを回し、浴室の扉を押し開けた。
視界に飛び込んできたのは、無数の蝋燭の炎だった。
コンクリートむき出しの冷たい空間に、白い蝋燭の柔らかな光だけが揺れている。その中央の浴槽に、妻は静かに沈んでいた。
目を閉じ、安らかな表情を浮かべている。まるで、深い眠りについているようだ。
私は、その光景を前に、完全に**固まる**。
おかしい。何かが、根本的におかしい。
水面は、異様に白濁し、表面が薄い膜を張っているように見える。
一歩、二歩と浴槽に近づいた時、その異様な光景の正体が判明した。
湯船に浸かっているはずの妻の身体は、浴槽の底に密着し、全く動いていない。そして、浴槽の縁には、黒い粉の袋が破れて落ちている。セメントの、匂い。
湯ではなく、白く濁った水に溶かされた**コンクリート**が、妻の周りを包み込んでいた。
妻は、浴槽の中で、硬化し始めたコンクリートに自ら身を沈め、動けなくなることを選んだのだ。
「ぐわゎーー!!」
私は思わず絶叫し、手を伸ばした。
だが、遅い。
コンクリートは既に、水面下で粘度を増し、妻の身体を冷たく、強固な墓標へと変え始めていた。
私の指先が、その白い、硬い水面に触れる。
遅かった――。
残されたのは、蝋燭の炎が映し出す、安らかで、しかし永遠に動かない妻の顔だけだった。
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