第8話 天使のお仕事は②
2.
特定の個人携帯端末をピンポイントで使えないようにする方法はあるらしい。オレには理解出来そうにないけれどディから受けた説明によると、どうやら端末が使えなかったのはオレだけだったようだ。ただどうしても分からないのは、そういうジャミングシステムが作動していたり、妨害波が出ていた痕跡はなかったらしい。
確かにオレとリップの周囲で通信障害が起きていた形跡はなかった。そんなことが起きていたらあの場で騒ぎになっていたはずだし、いくら鈍いオレでも気づいていただろう。
オレは端末を使っていなかったから(録音機能使えばよかったと後悔)シグナルが消えていたことに気付けなかったが、その状況を知ったディは、オレが犯罪に巻き込まれたと思い込んで慌ててTDFを飛び出して、森林公園にやって来たというのである。
リップが森林公園に来れば何とかなると言っていたのは、こういうことだったんだろうな。
でもなんで森林公園なんだ? それだけの技術があればどこでも出来そうな気がしてくるが……なんか理由があるのだろうか。
ピンポイントで周囲に影響を及ぼさずにオレの端末だけ使えないようにしておけるリップの知識と技術をエレナは警戒している。ディの話によるとあとでオレ達がいた周辺をTDFの方でも詳しく調べてみるらしい。
「何か分かるといいな」
「TDFのことを詳しく話せなくてすいません」ディは本当にすまなそうに謝ってくる。「どうしても守秘義務が発生してしまう案件も多くて」
「企業秘密もあるだろうし、オレが知らない方が良いことなんだろう? だったら気にしないで欲しい」
ディは胸をなでおろしているのだろう、安堵しているのが表情からも分かる。
「そんなことで嫌いにならないし、オレにだって言えないような秘密があるんだから、それでいいじゃないか。それよりもディが危ないことをしているんじゃないかと心配になって来るよ」
「危険なことはしていません。本当ですよ」ディは微笑むと、頭を下げた。「ありがとうございます」
「それでこれからどうするの?」
「リジアン・デニスンさんのことをもう少し調べてみたいと思います」
ディの提案で、リジアン・デニスン関連の場所に行ってリップを探してみることになった。
森林公園から近かったのは、なぜかリジアン・デニスンのお墓だった。
途中で花を買って墓地へと向かう。
「リジアン・デニスンさんはUC231年に生まれ、出身は太陽系アレクサンダーとなっています。大学では惑星工学を学び、ワイアール社の惑星開発部門に技師として入社してから半世紀にわたって様々な惑星開発に携わっています。UC295年にティーマに赴任、惑星改造の技術主任として腕を振るっていたようです」
「家族や子供はいたの?」
「生涯独身だったようです」
親族はアレクサンダーにいたらしいが、大学卒業後は疎遠になっていて、亡くなった後はティーマの共同墓地に埋葬されたという話であった。
「ワイアール社をUC303年に退社して、ティーマ大学に嘱託ですが研究員として採用されています」
「研究者? 勉強しなおしたとか?」
「いえ、リジアンさんはクルーティン研究の第一人者ですので、嘱託として招かれたようです。彼女はクルーティンの生態にも詳しくて、ティーマ固有種の名付け親になった方でもあります」
「畑違いもいいところだ。完全異業種への転職だな」
ディの解説によると、土中で冬眠していたクルーティンを惑星改造作業中に偶然発見し、その発見したクルーティンを手元で育てたという。そのクルーティンはのちに研究所に預けられたが飼育中に逃げ出してしまい、彼女の許から離れようとしなかったというエピソードもあるくらいである。
「野生のクルーティンだったんだろう。そこまで懐かれたなんて凄くないか?」
「はい。最初のクルーティンだけでなく、そのあとも冬眠していた多くのクルーティンを彼女は発見したそうです。絶滅危惧種にならなかったのはリジアンさんの尽力のたまものだとされています」
「ところでさ、その飼っていたクルーティンの映像とかあるのかな?」
オレの質問にディはすぐに対応してくれ、端末に写真が送られてきた。
「あの丘で会ったクルーティンの個体と類似しているようです」
対応早すぎ! 昨日撮影したと動画と比較してくれたらしい。
「……それでさ、このクルーティンに名前、あったのかな?」
「もちろんです。リップだそうです」
やっぱりかぁ……。どういう縁なんだろうな、これって……。
「リジアンさんは二十年程前に亡くなられていますが、ちょっと不思議な遺言を残していたようです」
「不思議?」
「はい。クルーティンのリップへ資産を残しています」
「リップへか? 子供はいないっていていたよな? 養子もいないのか?」
矢継ぎ早にディに訊ねてしまうが、彼女は丁寧に答えてくれる。
リップはリジアンを育ての親と言っていたんだぞ。それなのに子供の影すら無いってどういうことだ? しかも資産をクルーティンに贈り、以後五百年に渡って管理させるなんておかしいだろう?
いや確かに残されたペットのためにお金を残すことはあるが……、話がかみ合ってこない。もっと詳しくリップに突っ込まなかったことが悔やまれる。
「リジアンさんが住んでいた家もそのまま残されています。クルーティンはしばしその家にいたようですが、いつの間にか姿を消しています」
寿命だった可能性もあるが、クルーティンがどれだけ生きるのかはまだ分かっていない。五十年過ぎても生きているクルーティンもいれば生後二、三年で亡くなってしまったりするのである。まだクルーティの生態は謎な部分が多い。
「資産は今までに何度も使用された形跡があります。それが今回の事件で明るみに出た様です」
「よくそんなことが分かったね」
「幸いなことに資産管理しているのが、ジプコ系列の会社だったのです」
「企業も多目的にやらないと生き残れないからなぁ」その会社の担当者もディにお願いされれば断れるわけもないか。「最近も使われていたんだろう? あいつが使っていたっていうことか……」
「分かりませんが、あの子が関係しているのは間違いありません」
「隠し子がいたとかそういう可能性はやっぱり無いよな?」
「ゼロではありませんが、TDFの調べによると痕跡は見当たらなかったそうです」
あいつは本当に何者なんだよ……。
「リップがそこまでして隠れて生きている理由が分からないな」
リジアン・デニスンの墓標の前でディは祈りをささげていた。
手を合わせ目を閉じ一心に祈っている彼女は、リップに会わせて欲しいとでも願っているのかもしれない。膝をつき祈り続けているディを見下ろしながら、オレは彼女の気が済むまでそうさせておこうと思った。
「研究所とかリジアンの家に行くのかと思っていたんだけどな~」
近くにあったブナの木の陰からあいつは現れた。
ディの粘り勝ちというべきなのだろうか。
「ここにずっと隠れているつもりだったのかよ! ディに会いたかったんじゃないのか?」
「これでも早く来たんだけどな」爽やかにリップは汗を拭い笑った。「リジアンもだけど、まったく人類の行動は読めない」
数時間前に別れた時のまま薄汚れたブラウスとスカート姿でリッブは現れた。ここが根城だったのだろうか?
「この墓地でもアクセスのかく乱があったと聞きました。だから、もしやと思っていました」
目を合わせ見つめ合うディとリップの間に、沈黙とともに様々な駆け引きがあったようにも見えてしまうのは気のせいではなかったのかもしれない。
それにしても薄暗く感じる木陰の下で見る血のよう赤いリップの目は怖かった。
「すいぶん調べてくれたようね。さすがホワイトハッカーというところなのかしら」
リップの言葉にディは静かに首を横に振る。
それは今まで見たことのない表情と仕草だった。思わずディを二度見してしまったよ。
「私達は正義の味方ではありませんし、部長もシュルドさんもマックも言っていますが、私達は星や人々を害することが許せないだけです」
聞いたことがないくらい強い言葉でディは答えていた。
「ディみたいな人達が全人類共通だったらよかったのにね」
「リップさん、あなたは……」
「ストップ!」語気を強めリップはディが言おうとしていたことを制した。「あなた達がもうそこまで辿り着いたとしたのなら、褒めてあげるけれど、その結論はもう少し後にしましょう。ダイチも混乱するでしょうしね。いいかしら? あの連中との一件が解決したら全部話してあげるわ。それでいいでしょう?」
「分かりました」
何を言っているのか分からなかったが、吐息を漏らしながらディは頷く。初めて見るディの表情をオレは戸惑いとともに見ることになってしまう。
これはどういった状況なんだよ!
「わたしを探してここまで来たっていうことは、手伝ってくれるっていうことでいいんだよね?」
「まだリップさんの意図していることは分かりませんが、テロリストを止めることに私達は異存ありません」
ディはリップを敬うように話していた。
「良かった。おかげでミッションの成功率は限りなく百に近づいたわ」
「ありがとうございます。バックアップもアフターケアもしっかりしていますよ」
輝く笑顔は名刺を差し出しそうなほどの営業スマイルだった。
「オレは役に立たないぞ」
「そっちでは期待していないけれど、わたし達の足にはなってくれるわよね」
「それくらいならなんとかなるが……」
「ところでさ。なんか食べる物持っていないかな? お腹が減って仕方がないのよね」
お腹をさすりながら疲れたようにリップは言う。
「どれだけ燃費が悪いんだよ」
「ごめんね。維持するのが大変なのよ」
「何か作って上げられればいいのでしょうけれど」
「それは嬉しいけれど、その時間も惜しいかもしれない。ドライブスルーに寄ってくれないかしら、ダイチの奢りでね」
可愛らしくウィンクしてくるリップだった。
「またオレかよ。それにしてもジャンクフードが好きなんだな」
「リジアンが好きだったのよ。おかげでわたしも慣らされたわ」
「どちらに行かれるのですか?」
「ファンタスティックワールドよ」
「分かりました。通り道にあるドライブスルーに予約を入れておきますね」
「確かに良く出来た彼女だ」しみじみと。「嫁にしたいわ」とリップは呟いた。
「お前、本当に幾つだよ」
「二億歳」
リップ、お前本気で答える気が無いのだろう? オレは盛大にずっこけてしまう。
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