第6話 路地裏の追走劇

 ぷかぷか浮かぶ邪神と一緒に路地裏を疾走しながら。

 背後の気配を確認して、俺は舌打ちをこぼした。


「ヴォイド、まだ追ってきてるよな?」

『えぇ、ぴったりとくっついてきてるわ。まあ、ゼェゼェいってるし息も荒いけど……』

「なんでそうなってからが長いんだよ……!」


 先ほど遭遇したボロ鎧の騎士ことルークス。

 彼を撒くために、入り組んだ路地裏をランダムに走り回っているのだが。

 なんか、あと一歩のところで全然振り切れない。


『もうとっちめたほうが早いんじゃないかしら』

「すげえ言葉遣いするなお前! でも賛成かも!」


 俺は地面を砕きながら減速し、追いすがってくるルークスをキッとにらんだ。


「はあっはあっはあっ……や、やっと観念したか!」


 息も絶え絶えに見えるが、剣の構えはしっかりしたものだ。

 こちらも剣を抜いて、正面から対峙する。


「はあっ、はあっ……すーっ……よく聞くといい! 我が名は――」

「それはもう聞いたって」

「え、あ、そうだったか。確かに言った覚えがあるな……ならば!」


 ルークスが県を振りかざして突っ込んでくる。

 斬撃を受け止め、受け流す。剣同士がぶつかるたびに、薄暗い路地に火花が散る。


「まだ抵抗するのか! これで剣が壊れたらどうするつもりだ! こればっかりは節約のしようがないんだぞ!」

「鎧も同じだろ! どうやってボロボロの鎧で戦うつもりなんだお前!」


 悲鳴を上げながら、ルークスはそれでも猛攻を加えてくる。

 消耗するために倒し切ってしまおうという魂胆か。


 ただ――


「お前、本当に裏ギルドからザコ扱いされたのか?」

「この間の戦いなら、すぐそばに子供がいて動けなかったんだ……! まあそれ、裏ギルドのメンバーで、わざとだったらしいけどな!」


 あ、それは本当にご愁傷様です。

 いかにもあの人たちがやりそうな作戦だなあ。


 ……でも、だとしたら、やはり評価を改める必要がある。

 どうとでもなる、下位騎士の中の一人なんかじゃない。

 あと数年もあれば、名を上げてくるだろうな。


『ヤイチ、時間をかけすぎよ。このままじゃ……』

「ああ、分かってるよ!」


 ルークスを大きく吹き飛ばし、一度距離を取る。

 数秒の沈黙。冷たい風が路地裏を通り抜け、紙くずが地面を転がっていく。


 俺は剣の切っ先を、静かに地面に向けた。

 瞬間、それを見たルークスが、ほとんど反射的な動きで間合いを詰めてきた。


「敵を前にそんなことを――!」

「――いいや、そいつを待ってた!」


 お前ならそうする。

 相手が見せた隙を見逃さない。


 俺は自分の武器を振るうことなく、その場に投げ捨てて。

 ルークスの剣を、左右の手を合わせ、完璧に威力を殺して受け止めた。


『真剣白刃取り……!?』


 ヴォイドの驚愕の声と同時に、ルークスが目を見開く。

 この間合いとタイミングは想定してなかっただろ。


「なんっ、で……!?」


 そのままねじるようにして剣を取り上げて、足を払う。

 ルークスはどちゃっと地面に倒れ伏した。


「効率的な動きをしてくれる方が良いって場合がある。俺ならこうするって考えを、そのままなぞってくれるんだからな」


 相手の動きを完全に掌握できる、なんてのは絵空事だ。

 だが気質を読み解き、実力を把握すれば、部分的に可能である。

 そしてその読み切った部分に完璧な対応をぶつければ、勝てる。


 もちろん、強いやつはそれに対して反応する。

 あえて効率の悪い動きをしたり、逆に読ませるための動きをしたり。

 中には、読み切れないよう変則的な動きを常に入れているやつもいる。


 そもそも上位騎士なんかになれば、動きを読み切ったところで出力差がありすぎて意味がなかったりもするが……それは例外中の例外と扱うべきだろう。


「ともかく、お前は能力の高さにこそ目を見張るものがあるが、それだけだ。対応しようと思ってちゃんと考えを回せば、どうとでもできる……」

「く、そっ、なんでちゃんと強いんだよこいつ……!」

「だよなぁ、見た目は弱そうなのになぁ、俺」

「ひいっ! さっきの根に持ってるのか!? あ、謝るよぅ!」


 ルークス君の剣をぽいと放り捨てて、俺は首を鳴らした。


『ちょっとヤイチ、場慣れしすぎてて怖いわよ』

「私の知るヤイチはこんなことしないってか?」


 にやりと笑いながら、俺は言い返した。

 こっちのことを知ったように話す邪神様に、せめて一矢報いようとしてみたわけだが。


『ううん、私の知るヤイチはもっとエグかったわ』

「エグかったって何?」


 ヴォイドは真顔だった。


『通った後、あんまり何も残ってなかったもの』

「お前の知ってる俺って災害かなんかなの?」

『割とそうね』

「割とそうね!?」


 普通にショックなんだけど。

 ていうかこいつの知ってる俺って本当に何?

 俺は俺でしかないんだが……


「……まあいいや、それじゃあ降参してくれるよな?」

「う、うぅ……だがお前を逃がすと、次の査定が……!」

「もう結構今更じゃない?」

「うるさいぞ!」


 多分お前の評定、既にズタボロだと思うよ。


「よし、逃げながら外縁部にも近づけたな。ここまでは……」

『……順調と言いたかったけれど、でも、やっぱり時間をかけすぎたみたいね』


 俺の隣に降り立ったヴォイドが、険しい表情でそう言った。

 何事かと思って彼女の視線をたどれば、そこには新たな人影があった。


「……探したわよ、ヤイチ」

「な……シンシィ、なんでここに……!」


 暗がりから出てきたのは、聖女候補の服装を着たシンシィだった。

 この裏路地を歩くだけでも本当には危ないっていうのに、何してんだよこいつ。


「あたしは……あんたを縛り付けてでも……!」


 刹那、シンシィの周囲の大気が歪んだ。

 ぞわりと、背筋を悪寒が舐めた。首筋に、はっきりと死神の鎌を突きつけられるのを感じた。


『ここらへんを焦土にしても構わないって感じなのね。流石はシンシィ』


 ヴォイドが冷徹な声で、俺に何か視線をよこした。

 多分だけど逃げろって言ってるなこれ。

 でも、相手はシンシィ……聖女候補なのは知ってるけど、何かそんな力があるなんて知らないぞ?


「ヤイチ、大丈夫よ。あんただけは避けるようにするから」

「いや、だからお前は何を……」


 彼女の神威がさらに膨れ上がる。

 とうとう、理性ではねじ伏せられないほどの本能的な恐怖が、俺の全身を駆け巡り始めた。


 ――その時だった。


「おいおい、随分と騒がしいじゃねえか」


 この場の空気を引き裂くようにして、新たな人影が姿を現した。

 一つ、二つ……いやそれ以上だ。


「誰よ?」「誰だ?」


 俺とシンシィは同時に問いかけた。

 足音やシルエットからして……やってきた人々は、みな武装していたからだ。


「ここが誰の庭か、分かってないわけじゃないよなあ?」


 やがて微かな月明かりに照らされて、姿が見えたのは……知らないおじさんたちとチンピラだった。


「「誰だよ!!」」


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