第9話 壁

少しだけ心の霧が晴れた響は、部活に集中することができていた。地結季もそれを見て安堵し、曲の進捗も、順調に音を出せるところを増やせていた。


そして入部してから1週間。1週間とは思えないほどのスピードで、一応全ての箇所の音を出すことはできた。だが─────


「惜しい。あとちょい。」


唇の力や息の量が持たず、通しで演奏すると最後まで音を出し切れなかった。しかも、言ってしまえば響は、音が大きく出ると言うだけで、技術も何もあったものではない、ただ 鳴らしている という段階。そこで躓いてしまっていた。


「はぁ……っ、はぁ……っ!なんか、クラクラしてきた……っ。」

「おい大丈夫かよ。休憩するか?」

「しない。時間ないから。」

「いや、チューバ持って倒れられる方が困るわ。一回置け。楽器使わなくても練習する方法はある。それやろうぜ。」

「そんなのあるの?やりたい……!」


地結季は、響に、腹式呼吸とブレストレーニングを教えるべく、楽器を置き椅子に座り書いてきたノートを見せる。


「いいか。まずは基礎の呼吸法からだ。今のお前の呼吸は胸式呼吸になってる。肩が上がり下がりしてるからな。これを、腹だけを膨らませるイメージで呼吸すんだよ。これは、できるまでには慣れだからな。普段でもやるよう意識してみろ。」

「分かった。こう?」

そう言って、腹式呼吸をやってみる響。


「ああ。そんな感じだ。だがまだ肩が上がってんな。ちなみに横になる時に人間は腹式呼吸になるぞ。イメージがわからなかったらやってみろ。」

「やる。じゃないと違和感しかないから。」

「やっぱ最初はやり辛いらしいな。お前らの場合。」

「あれって本当だったんだ。」


やはりいまいち感覚が掴めないようで横になって確かめていた。すると……。


「あ、これだ!」

完全に腹だけを膨らませて呼吸ができた。おかげでイメージがつき、起き上がった状態でも腹式呼吸が何となくわかるようになった。

「よし。そしたらそれを、日常でも意識して使って練習してみるんだ。」

「分かった。」


そして、一番の問題点の解決策。持久力。

「今お前は、息を100吸ったら100吐いちまってんだよ。それをな。100吸って75吐くようにするんだ。その練習になるのが、ブレストレーニングだ。」

そういうと地結季はメトロノームをつけ、ノートを指さした。


「今これはテンポ80だ。これでまずは、2拍吸って4拍吐くって言うやつをやってもらう。そしてそれは、息を吐くときに口をすぼめて細い息を出すよう意識してみろ。」

「分かった。やってみる。」

言われた通り、2拍吸って4拍細く息を吐いた。それを徐々に2拍8拍、1拍7拍、そして最後の方には、一拍吸って16拍吐くをやり遂げた。その頃には響は頭をあげられないほどフラフラしていた。

「ああ…………ああ………………。めまいがする……。床が回ってる……チカチカする………………」

「はは……。典型的な酸欠だな。でもやり切ったじゃねえか。」

そしてしばしの休憩の後、もう一度楽器を構える。

「そんじゃ、楽器で音を出しながら、さっきやった一拍吸って8拍吐くをやってみろ。音程はなんでもいいぞ。これは、息のコントロールの練習だ。」

「なるほど!さっきの息のコントロールを楽器に落とし込むんだね!」

「そういうことだ。」

早速80のテンポでメトロノームをつけ、響は、Fの音で、さっき息でやった練習を楽器を鳴らしてやってみる。すると……


8拍息がもった。


「おお。できるじゃねえか。これが息のコントロールだ。これを踏まえてもう1回通しでやってみろ。」


そしてついに──────


息のコントロールの方法を身につけた響は、通しで音を出し切った。


「できた……!!吹ききれたよ!地結季!」

「おお!最後まで出し切れたじゃねえか!これでやっとここを反復できるな!」

「え?次のフェーズには行けないの?」

「そう簡単には行けねえよ。いいか、身体で覚えたもんつーのはそうそう抜けねえ。お前には今までのヤツを身体で覚えてもらう。俺がいいって言うまで今までの反復だ。できなかったら1つ前のフェーズまで戻ってやり直しだ。」

「そっか。厳しいけど、分かった。やりきるよ。僕は力になれるならなりたい。」

「おう。その意気だ。」


壁をひとつ乗り越え、音を出し切れるようになった響は、次のフェーズまでに安定を手に入れるため、反復練習を始めた。

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