1-4 惨劇
次の日、ルカはお昼頃から街へ繰り出していた。
大通公園付近のファストフード店で、待ち合わせ相手を待つ。
昨夜遅くに、同じ高校に通う
どうやらルカは、輝明とファストフード店に行く約束をしていたらしかった。
「よぉ、ごめん。おまたせ。」
店内で少し待っていると、明るい声が振ってきた。
顔を上げると、明るい茶髪の男が人懐っこい笑みを浮かべていた。
「大丈夫だよ、テル。さっき来たとこだよ。」
ルカの記憶と変わらない笑顔で、テルはトレーを置いて対面に座る。
「そりゃよかった。」
テルは嬉しそうに、ハンバーガーを掴み、口を大きく開けて頬張る。
季節限定の、グラタンコロッケが挟まったそれを口にして、蕩けるような恍惚とした表情を浮かべるテル。
その様子が、あまりにもルカのよく知るテルそのもので、ルカは思わず吹き出してしまった。
「なぁ?俺、なんか変な顔してたか?」
「ううん、なんも。いつものテルだよ。」
テルは訝しげな表情を浮かべるも、すぐさまバーガーへと注意を引き戻した。
元の世界と変わらない様子の友人は、新しい世界に馴染みきれていないルカにとって、ひどく貴重で、尊いもののように感じられた。
「そういえば・・・。」
ひとしきりの食事を終え、フライドポテトをつまみながらテルが話題を振る。
ルカは携帯から目線を上げる。
「この間、また大通ダンジョンが氾濫したらしいな。」
「みたいだね。」
ルカは適当に相槌を打つ。
「今月に入ってもう3度目か。流石に多いよなぁ。」
「そうだね、ちょっと怖いよねぇ。気をつけないと。」
会話を続けながら、調べていた知識を脳内で掘り返す。
ルカたちが住む札幌市にも、ダンジョンがいくつか存在する。
その中で最大のものが、この近辺。
札幌大通公園内にある、札幌大通ダンジョンだ。
鳥系の魔物が多く生息しており、その難易度は中から上級者向けと言われている。
実はダンジョン内の魔物は、常に外界を目指す傾向がある。
この理由は諸説あるが、通常深部の魔物であるほど強く、その強大な魔物に常に追い立てられているから、という説が主流である。
ともあれ、外を目指す魔物が、人間の敷いた包囲網を潜り抜け、ダンジョンの外へ逃げ出すことがある。
この事象を、ダンジョン氾濫と呼ぶのである。
先日、通学中にルカが見舞われたのは、まさにこのダンジョン氾濫である。
空を飛ぶ魔物が多いことから、大通ダンジョンは比較的氾濫が起きやすいダンジョンとして知られているが、ここ最近の氾濫の頻度は確かに多い。
一般人にとって、ダンジョンや魔物は、驚異以外の何物でもないのだ。
次の瞬間、店内の人々のスマホが一斉に鳴り響く。
「おい・・・。これって、まさか・・・?」
ルカとテルは顔を見合わせる。
刹那、街中にサイレンと共にアナウンスが響き渡る。
「只今、ダンジョン庁よりダンジョン氾濫警報が発令されました。氾濫源は札幌大通ダンジョン。付近の皆様は、落ち着いて、速やかに、近隣のシェルターへ避難してください。繰り返します。ダンジョン庁よりダンジョン氾濫警報が発令されました。」
「おい、ルカ!やべぇぞ!」
「うん、近い!急いで逃げよう!」
ルカはカバンをひっつかみ、ポテトを放り投げて慌てて店の外へ向かう。
店外は既に、逃げる人々の流れが出来ていた。
二人は一瞬躊躇したが、後ろに続く人々に押され、人の濁流に飲み込まれた。
「ルカ!離れるな!ルカぁ!」
「テル!!」
人々に押し流され、あっという間にテルとの距離が離されてしまう。
だが、逃げることが優先だ。
ルカは頭を切り替え、流れに逆らわず進む。
次の瞬間だった。
ルカは、一瞬何が起きたかを認識することが出来なかった。
ほんの数メートル先に、何か黒い大きなものが落ちてきた。
ガシャン、と大きな音を立てて落下したそれが、車であることに気が付くのに気付いた瞬間、背筋が凍った。
落下の衝撃でひしゃげた車体の下からは、女性の手が力なく伸びている。
ゆっくりと、血だまりが地面に広がり、ルカのすぐ足元まで迫る。
事態を飲みこんだ幾人かが悲鳴を上げ、辺りは騒然となる。
息をつく暇もなく、ルカのすぐ左手にいた男性の姿がふっと消える。
風を感じ思わず空を見上げると、先ほどまで隣にいた男性が、大型バスほどの大きさの黒い鳥に掴まれ、宙を舞っていた。
鋭い爪は男性の胸に突き刺さっており、傷口から漏れ出た血があたりに飛散する。
あたりは騒然となり、人々は我先にと安全な場所を求め駆けまわる。
惨劇を目の当たりにしたルカも、パニックを起こしてすぐ近くの建物へと走る。
先ほどの黒い鳥を警戒し、辺りを見渡したルカは、近くの信号機の上に鎮座する、群青色の梟のような魔物が目に留まる。
目の周りのみがクジャクのような派手な紋様をしている梟と、目が合ってしまった。
吸い込まれそうな虹色の虹彩から、目が離せなくなるルカ。
不意に、梟が右目を閉じた。
次の瞬間、路地裏のゴミの山に頭から突っ込んでいた。
腹の奥には、奇妙な浮遊感が残っており、ゴミ山の臭気も相まって、ルカは胃袋の中身をその場にぶちまけた。
うずくまるルカが、咳き込みながら顔を上げると、視線の先には小さな巣のようなものが鎮座していた。
そこには宝石のついたアクセサリーや、高級そうな腕時計など、素人目に見ても高価そうなものが山と積まれていた。
ただし、その多くが血に濡れており、収集された経緯を察したルカは背筋が凍った。
巣の主が戻る前に、一刻も早くここを離れなければ。
立ち上がったルカだが、何かに呼ばれた気がして、巣を振り返る。
よく見れば、貴金属の山の奥に、バスケットボール大の深紅な宝玉が淡い光を放っていた。
ルカは、引き寄せられるように巣へ近付いて、その宝玉を手に取った。
ほのかな温もりを帯びており、これが単なる宝石ではないことは明白だった。
魅入られるように立ち尽くしていたルカは、巣の不覚にも巣の主の接近に気が付かなかった。
その羽音が耳に入った時には既に、背後から右胸を刺し貫かれていた。
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