捜索

敦は探偵社の机に置かれた書類に目を落とした。

そこには、行方不明になった彼女の情報がまとめられている。

「公園で最後に目撃された」との報告書を見ながら、敦は軽く息をついた。


(……彼女を見つけなければ)


失踪した彼女の捜索は簡単なものではなかった。

詳細な事情は分からないが、最後に目撃された場所と日付、そして目撃者の証言だけが頼りだ。


敦は、彼女の持ち物や部屋から入手した日記帳を手に取った。


ページをめくると、あの公園で交わした短い言葉や微笑みが蘇る。

まるで目の前にいるかのように、彼女の気配が感じられた。


(ここに書かれていることが、手がかりになるかもしれない)


そう思いながら、敦は日記を胸に抱き、捜索のため外へと踏み出した。



外は柔らかな午後の光に満ちていた。

公園に向かう道すがら、敦は日記を開き、ページに書かれた彼女の言葉を目で追う。

「この花、あなたに似合っています」

――あの時の微笑みが、脳裏に浮かぶ。


風が頬を撫で、葉のざわめきが遠くから聞こえてくる。その音に混じるように、かすかに彼女の声が聞こえた気がした。

敦は足を止め、周囲を見渡す。誰もいない。

しかし、日記の中の彼女の気配が、

そこに残っている気がした。


(……気のせいだ)

そう自分に言い聞かせながらも、視界の端に揺れる青い影を捉えたような気がして、敦は足を速めた。


花壇の近くに立つと、風に揺れる花々の間に、ふと人影がちらついた。

(誰か、いるのかな……?)

声にならない問いかけをしながら、敦は日記に目を戻す。


日記に書かれた花の色、咲き方、彼女が残した仕草――

それらが、なぜか頭から離れなかった。


時間を忘れて公園を歩き回るうちに、敦は知らず知らず汗ばんでいた。

目の前で花が光に揺れ、風にざわめくたび、幻覚のように彼女の笑顔がちらつく。まるで彼女がまだここにいるかのようだ。

しかし現実には誰もいない。

それでも敦はページに書かれた言葉を信じ、日記を頼りに公園の奥へ進む。


「……ここにいたのかもしれない」

足元の砂利を踏みしめ、枝の間を覗き込み、花の色の揺らぎを追いかける。日記の一行一行が、敦にとっての地図になっていた。そしてその地図が、彼女の残した気配を、幻影のように目の前に浮かび上がらせるのだった。


公園を出ると、街の細い路地へと進んだ。

日記に書かれた道筋を頭の中で辿りながら、彼女が最後に通った場所を推測する。


小さなカフェの前を通り過ぎ、窓に映る自分の姿を見た瞬間、影の端にちらりと髪が揺れた気がした。

息を呑むが、すぐに気のせいだと自分に言い聞かせる。


足元の落ち葉や折り紙の中に、彼女の文字で「待ってる」と書かれた紙片を見つけた。

手に取ると胸が締め付けられ、思わず小さく声を出した。

「……今、行きますから」


手帳のメモを確認し、次は日記に書かれた「お気に入りの花屋」だと分かる。

店内に入ると、青い花が置かれていて、日記と同じ種類の花が目に入る。

奥の棚の隙間には、折り紙に「ここに来て」とだけ書かれたメモが挟まっていた。


敦は息を整え、紙片の示す方向へ進む。街の小道、路地、公園の入口――日記と手帳の手掛かりを頼りに、歩くごとに青い花や折り紙が点在し、彼女の存在を示しているように感じた。


角を曲がると、倉庫前の暗がりに青い花の鉢と散らばった折り紙が置かれていた。日記には書かれていない手掛かりだ。

床に落ちた紙片を拾うと、「ここから先は、あなたの目で見つけてほしい」とだけ書かれている。


路地を抜けた先、小さな公園の青い花の間に、最後の折り紙が見えた。それには「次はここ」とだけ書かれていた。

足元の砂利を踏みしめ、敦は息を整え、日記の文字を反芻しながら、最後の手掛かりを追いかける。


敦は手帳を握り、日記の地図を頼りに、一歩ずつ足を前へ進めた。

――まだ間に合う。必ず、助けてみせる。


青い花の間に微かに揺れる栗色の影。

「……敦くん」

声はかすかだが、確かに彼女のものだった。


胸が締め付けられ、体が震える。

「……ここにいたんだ」

影は微かに笑み、風に揺れる花と重なった。


「……会いたかったです」

「うん、私も」


二人は、まるで再会を果たしたかのように、穏やかに笑みを交わした。

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