第11話 遮断
老婆の案内により、映像研究サークルの面々は此彼村中央に位置する屋敷へ案内された。
「くっさ‼」
古びた和室の大広間で、橋本ヒロキが叫ぶ。大人がいれば顔をしかめそうなものだが、老婆はこの部屋に訪れて早々、「男性はこちらで、何かあればお呼びくださいませ」と一言残し、女性陣の誘導に向かった。広縁の椅子にドカッと荷物を置きながら、藤の小机に膝を乗せ中庭に繋がる障子を開き、「木ばっかで景色何も見えねえじゃん‼」と無礼を更新し続ける。
「彼岸花あるじゃん」
そんな橋本ヒロキを、辺見ハヤトは適当にあしらいながら、部屋の中央にあるローテーブルに自分のリュックを置く。そして、すぐそばに胡坐をかいた。福爲は二人の荷物の場所が決まってから、自分の荷物を押し入れのすぐそばに置いた。棒立ちしていても目立つので、そっとその場に腰を下ろす。
臭いと声に出すほどでもないが、湿った土と、畳、線香の混じった、独特な臭いがあたりに漂っている。小学校の頃、三世代同居をしている友達の家や、学校の倉庫、あるいは親戚の法事で集まったときに、特定の誰かから発されるあの匂い。
老婆から案内されたこの和室は、およそ十畳ほどの広さ。男部屋として使っていいとのことで、平野マナと堀井ユリは別室に老婆と向かった。
「ってかさ~酒飲めんくない? こういう田舎って酒屋みたいなのあるんじゃないの」
「あったって感じじゃない? 見た感じあのお婆さんしか住んでないでしょ今」
「お祭り出来ないとか言ってたっけ。あぁくっそ……コンビニ寄っておけば良かった‼」
橋本ヒロキはわざとらしく身体を揺らす。
「でも、ワンチャンお神酒みたいな感じで、日本酒みたいなの貯めてるかも。運んだりもきついだろうしさ、なんか手伝えば分けてもらえるんじゃない? そういうのあんじゃん。田舎ドキュメンタリー」
「ワンチャンある⁉ ワンチャンある⁉」
「いや分かんないけど……ハハ」
辺見ハヤトは「ってか撮影なんだけど」とポケットからスマホを取り出した。こういう時だけ、辺見ハヤトの時だけ、橋本ヒロキは話を中断する。引きずらない。人を選んでいる。福爲は気になりはするが自分も同じように人を選ぶので、橋本ヒロキの選別に、気にしないふりをする。
「通信死んでるじゃん。やば」
「マジ⁉ うっそ‼ マジだ‼」
橋本ヒロキは自分のスマホを確認し「だっる‼」と声を荒げた。福爲が不安になって自分のポケットのスマホを調べると、同じように通信が不可能な状態になっていた。
なにかあったらどうしよう。福爲はスマホを握る手から力が抜けそうになり、画面に触れているはずの親指の爪先の感覚が曖昧になる。「はーまじか……台本クラウドなんだけど」と、辺見ハヤトは憤ったようにスマホを持ちながら床をトントン打つ。
「動画見る?」
橋本ヒロキが少しいたずらっぽく笑いながら、辺見ハヤトに近づく。
「ネット死んでんじゃん」
「高校のバスケ部でめっちゃでかい奴いたって言ったじゃん。それととその元カノのヒストリー」
「なんでこんな時に知らない奴と元カノの動画なんて見なきゃいけないんだよ」
「違うそっち系じゃないんだって。まじまじ、見ればわかる」
橋本ヒロキが辺見ハヤトにスマホを見せる。福爲は排除されている形だが、混ざりたいとも思わなかった。「お前何でこんなん持ってんの」と、辺見ハヤトは呆れた顔をするが、視線はスマホから離さない。
「普通に回ってくんだって」
「お前の高校治安悪すぎじゃない? 絶対そのうち炎上するでしょ」
「まぁまぁまぁまぁ、でも女系じゃないから、俺は。なんか普通にノリで、試合負けたら一年脱げみたいな感じだったし? あんじゃんそういう洗礼。そういうやつよ。伝統っていうか」
「じゃあお前全裸動画撮られてんの?」
「いや俺普通に撮影側だから。今と一緒。メインじゃない」
「メインって」
辺見ハヤトは小馬鹿にしながら、橋本ヒロキのスマホを見る。
辺見ハヤトは監督権プロデューサーで、脚本家。
橋本ヒロキは、カメラマンと音声。
今回福爲に与えられた配役は無い。配役どころか、役割も与えられていない。いつもない。福爲は演者志望ではなく脚本家をやる機会があったらで入ったが、入って第一声の「めっちゃアシスタントっぽい顔」という橋本ヒロキの言葉で、小道具大道具の補助、撮影交渉、手が足りないスタッフの増員と、その時々の『丁度いい』にあてがわれていた。
そうした仕事に、酷い不満があるわけでもない。これと一つの大きな仕事を任されてもプレッシャーだし、果たせるか不安だ。将来、映像の仕事をする気はない。才能もないし、そういう仕事を選ぶ人間はもっとスタートダッシュが早い。それに、スタッフロールに記載されずとも、自分がこの作品に関わったという実感は持てる。自分ですら分からない自分の輪郭に触れられるような気がして、福爲はこのサークルにとどまっている。
「ん?」
橋本ヒロキが扉のほうへ振り向く。
「なに」
「足音する」
ややあって、辺見ハヤトが「確かに」と周囲の様子をうかがう。
バタバタとした軽い足音は、福爲の耳にも届いた。
足音はどんどん近づいてくる。
何者かがこちらに近づいてきている。福爲の頭の中に、老婆が走ってくるような映像がよぎる。悪いことをしたわけではないが、なにかとんでもなく恐ろしいことが起きるのではないか。
不安を胸に札を握りしめていると、やがてバン、と思い切り障子が開いた。
「ねぇ、ネット死んでない? ネット死んでるよね?」
別室に案内されていた堀井ユリと平野マナだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます