強面男は超モテたい! ~戦乱の世界でモテる為に兵士になったのに、強面な所為で周りに超ビビられてる~
雨丸 令
第1話 英雄、故郷を立つ(と本人は思っている)
「エイジよ。男というのはな、兵士になれば死ぬほどモテるんじゃ」
その言葉は俺の人生における天啓だった。薄暗い小屋の中、囲炉裏の火を突っつきながら祖父が放った一言が、俺のハートに火をつけたのだ。
「マジかよじいちゃん! 兵士になれば、俺でもモテるのか!?」
「うむ……モテる。お前のような……その、強そうな男は特にな」
「やったぜ! 俺、自分に自信なかったけど、強さには自信あるし!」
俺はガッツポーズをした。
俺の名はエイジ。二十歳。辺境の寒村で畑を耕し、たまに山で熊を素手で追い払って暮らす、ごく普通の健全な青年だ。
性格は明るく、笑顔がチャームポイントだと自分では思っている。だが、なぜか今まで女性と縁がなかった。村の娘たちに話しかけても「ヒィッ!」と悲鳴を上げて逃げられるか、あるいはその場で失神されてしまうのだ。俺が親切心で落とし物を拾ってあげた時なんて、泡を吹いて倒れてしまった。
きっと俺の魅力が強すぎたんだろう。田舎の娘はシャイだからな。
だが、兵士となれば話は別だ。都会の洗練された女性たちなら、俺の情熱的なアプローチも笑顔で受け止めてくれるに違いない。なんなら逆に口説かれるかも!?
「善は急げだ。じいちゃん、俺、行くよ! 王都へ!」
「お、おお……そうか。行くか。今すぐか? できれば今すぐがいいな」
「なんだよじいちゃん、そんなに俺の出世を急かして。応援してくれてるんだな!」
祖父の手が小刻みに震えている。きっと孫が立派になって巣立つのが嬉しくて、感動に打ち震えているのだろう。俺は涙もろい祖父の肩を、バシン! と叩いた。
「ぐはぁっ!」
「あ、ごめん。気合入れすぎた?」
「い、いい……。骨の一本や二本……お前がいなくなるなら安いもんじゃ……」 「え?」
「い、いや。なんでもない。――さあ行け、エイジよ! 振り返らずに行け。二度と戻ってくるなよ、立派になるまでは!」
祖父の熱い激励を背に、俺は立ち上がった。
よし、旅支度だ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
俺の相棒は、この戦斧(バトルアックス)だ。
元々は巨大な木の根っこを掘り起こす農具だったのだが、使い勝手が悪いので鍛冶屋の親父に頼んで改造してもらった逸品である。鉄の塊のような分厚い刃に、無骨な棘がついた柄。重量は小麦袋三つ分くらいあるだろうか。これを軽々と振り回せるのが俺の特技だ。
鏡の前で装備を確認する。
革の鎧(熊の皮を自分でなめして作ったハンドメイド)に身を包み、背中には巨大な戦斧。鏡に映るのは、希望と野心に燃える最高にイケてる若者の姿だ。
ニカッと笑ってみる。白い歯がキラリと光る。
うん、爽やかだ。これなら都会の騎士団でも一番のイケメンとして通用する。
……ん? 鏡がピキピキと音を立ててヒビ割れたぞ。古いから寿命かな。
「よし、出発だ!」
俺は家の扉を勢いよく開けた。
外は快晴。絶好の旅立ち日和だ。
村の大通り(といっても馬車が一台通れる程度の道だが)に出ると、村人たちの様子がいつもと違うことに気づいた。俺が姿を現した瞬間、道の真ん中で井戸端会議をしていたおばちゃんたちが、蜘蛛の子を散らすようにササッと家の影に隠れたのだ。
遊んでいた子供たちは、親に口を塞がれて家の中に引きずり込まれていく。
なるほど、サプライズか。 俺が村を出ると知って、みんな送別会の準備でもしてくれたんだな。でも俺はそんな気を使わせたくない。静かに去るのが男の美学だ。
俺は大通りを堂々と歩き出した。
道の端、物陰から視線を感じる。
そっと覗いている村の男衆に、俺は満面の笑みで手を振った。
「おーい! みんな! 今までありがとなー!」
「ヒッ……! こ、こっち見たぞ!」
「目を合わせるな! 魂抜かれるぞ!」
「笑った……あいつ、殺す気だ……!」
ん? 風が強くてよく聞こえないが、どうやら俺との別れを惜しんでいるようだ。「魂抜かれる」ってのは、俺の笑顔にハートを射抜かれるってことか? おじさんたちにモテても嬉しくはないが、その気持ちはありがたい。
その時、村長の家から、村長その人が転がり出るようにして走ってきた。
手には分厚い布袋を持っている。
「エ、エイジ君! エイジ君!」
「おや、村長。わざわざお見送りですか?」
「そ、そそそ、そうだ! 聞いたぞ、遂に村を出るんだってな! 兵士になるんだってな!」
「はい! 俺、ビッグな男になってきます!」
俺が胸を張ると、村長は顔面蒼白になりながら、持っていた布袋を俺に押し付けてきた。
「こ、これを持って行ってくれ! 村のみんなからだ!」
「えっ、こんな……中身、お金ですよね? ずっしり重いし」
「いいから! 手切れ金……いや、餞別だ! これだけあれば当分はお金に困らんはずだ! だから早く行ってくれ! 今すぐに! なんなら馬もやる! いや馬は食われるからダメか。とにかく早く、早く行ってくれ!」
村長、必死すぎるだろ。そんなに俺のことを応援してくれていたなんて。
「手切れ金」なんて言葉の選び間違いをするくらい、動揺してるんだ。別れが辛くて早く行けと言う、そのひねくれた親心のような優しさが五臓六腑に染み渡る。
「村長……ありがとう。俺、この村に生まれてよかったよ」
俺は感動のあまり、村長の手を両手で包み込んだ。俺の手のひらは人より少し大きくて分厚いから、村長の華奢な手がすっぽりと内側に収まる。
そして俺は感謝の気持ちを込めて、グッと握手をした。
「ギャアアアアアア!! 骨が! 手首がぁぁぁ!!」
「ははは、村長ったら大袈裟なんだから。泣かないでくださいよ、俺までもらい泣きしちゃうじゃないですか」
「ちが、痛っ、離っ、ひぃぃぃ! 助けてくれぇぇぇ!」
村長はその場にへたり込んでしまった。感極まって腰が抜けたらしい。
そこまで惜しまれると、逆に行きづらくなるな。
俺は村長を優しく(襟首を掴んで軽々と)立たせてあげたかったが、これ以上長居すると村中の人が涙の海に沈んでしまいそうだ。
「じゃあな、村長! みんなも、達者でなー!」
俺は踵を返し、村の出口へと向かった。
背中の戦斧が、ガシャン、ガシャンと重厚な音を立てる。これが俺の旅立ちのファンファーレだ。
村の出入り口にある木の柵を抜ける。その瞬間だった。
ガシャーン! バタン! カンカンカン!
背後で凄まじい音がした。振り返って見ると、村人たちが総出で柵を閉じ、さらにその上から丸太や岩を積み上げてバリケードを築いているところだった。
みんな、汗だくで必死の形相だ。
中には塩を撒いている人や、お経のようなものを唱えている人もいる。
「……なるほど」
村人たちの行動を眺めながら、俺は一人、納得して頷いた。
この戦乱の世だ。村一番の強者である俺がいなくなれば、村の守りは手薄になる。 だから俺が出た直後に、こうして防備を固める訓練をしているのだ。
俺という抑止力を失った危機感の表れ。
塩を撒いているのは、俺の旅路の安全を祈る清めの儀式だろう。
なんて逞しい人達だ。まさに戦乱の世を生きるに相応しいバイタリティ!
「心配するな、みんな! 俺がいなくても、その団結力があれば大丈夫だ!」
俺は壁の向こう側にり村人たちに向かって、大声で叫んだ。
バリケードの向こうから、安堵とも、悲鳴ともつかない声が聞こえてきた。
「行ったか……?」
「行った……魔神が去ったぞ……」
「今日を村の祝日にしよう……」
祝日。俺の旅立ちの日を記念日にしてくれるのか。
……へへ。まったくどこまで愛されているんだ、俺は。
ガラにもなく照れちまったじゃないか。
目頭が熱くなるのを堪え、俺は前を向いた。
目指すは王都。――待ってろよ、未来の恋人たち!
未来の超絶ポジティブ英雄、エイジ様のお通りだ!
俺は街道を歩き出した。道端の草むらから飛び出してきた野犬の群れが、俺の顔を見た瞬間に「キャイン!」と情けない声を上げて失禁し、泡を吹いて倒れた。
「おっ、野生動物も俺の門出を祝って降参のポーズか? 縁起がいいな!」
空は青く、世界は輝いている。
俺の未来もまた、光り輝いているに違いない!
この時の俺はまだ知らなかった。自分の顔面を見た王都の騎士団長が恐怖に震え上がり、敵国の将軍や幹部と間違われて討伐隊まで組まれてしまう事になろうとは。
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