第2話 振られた翌日の空

 翌朝、目が覚めると、外はやけに静かだった。

 カーテンの隙間から差し込む光が淡くて、昨日の記憶をまだ夢みたいにぼかしている。


「……ああ、そうか。昨日、終わったんだ」


 口に出した瞬間、胸の奥に冷たいものが広がった。

 いつか来るとわかっていたはずの終わりなのに、まるで誰かに突然切り取られたみたいで、現実感がない。


 学校に行く支度をしても、鏡の中の自分はただの抜け殻だ。

 ボサボサの髪を適当に撫でつけて制服を着る。

 母親の「今日は遅刻しないでね」という明るい声だけが、部屋の静けさを破った。


 校門をくぐると、桜のつぼみがほんの少し色づいていた。

 春は、もうすぐそこまで来ている。

 けれど、俺だけが取り残されているような気がした。


 教室に入ると、いつものように沙耶が友達と笑っていた。

 俺を見ると、一瞬だけ目を逸らして――すぐに、何もなかったように話を続ける。


 それでいい。

 たぶん、それが正しい。


 でも、心のどこかがズキリと痛んだ。

 昨日まで“当たり前だった距離”が、たった一晩で遠くなるなんて。


 昼休み、屋上でひとり弁当を食べる。

 風が強くて、パンの袋が何度も飛ばされそうになる。


「……俺、情けないな」


 思わずこぼれた声は、自分でも驚くほど乾いていた。

 手の中のスマホには、送れなかったメッセージがいくつも並んでいる。


『ごめん、昨日のこと忘れて』

『もう一度だけ話せない?』


 どれも書いては消し、また書いては消した。

 この感情をどう扱えばいいのか、さっぱりわからない。


 放課後、部活の集まりが終わって昇降口を出ると、

 空が淡い紫に染まっていて、一瞬だけ息を呑んだ。


 毎日同じ時間に見ていた空なのに、今日は少し違って見える。

 昨日まで隣にいた沙耶がいないだけで、風景の意味が変わってしまう。


 ……これが「振られた翌日の空」か。

 こんなにも鮮やかで、こんなにも寂しい。


 帰り道、コンビニの前で缶コーヒーを買い、ふと空を仰ぐ。

 春の匂いが混じった風が頬を撫でていった。

 その瞬間、頭の中でぽつりと思う――このままじゃ終われない。


 “変わりたい”という言葉が、ようやく心の奥から浮かび上がる。


 あのとき「釣り合わない」と言われた自分を、

 このまま放っておくのは、どうしても悔しかった。


 俺は缶コーヒーを一口で飲み干し、決める。

 ここから少しずつでも、違う自分になっていこう。


 まだ形にもなっていない未来を、

 自分の手で描いてみたい。


 その夜、部屋に戻って机の隅に積まれた参考書を開いた。

 真っ白なページの眩しさが、目に沁みる。

 ゆっくり文字を追いながら、思ったより静かな自分の心に気づいた。


 昨日は、終わりじゃなかったのかもしれない。

 むしろここが、始まりだ。


 いつか笑って思い出せるように。

 その“いつか”を探す旅が、静かに始まった。

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