03. ひよっこ冒険者、アレックの修行

 俺の名前は、アレック。母さんから受け継いだ、赤っぽい茶髪と、若草色の瞳を持っている。

 そして、複雑だけど、父方から受け継いだ能力がある。それは、魔物をはらう黄金の炎。父の家は、代々この炎を継承し、騎士として活躍してきた。(それが複雑なのは、父が俺と母さんを辺境に追いやったからだ。俺は、父や兄のことが嫌いだ。)

 だけど、俺の炎はまだ威力が弱くて、魔物どころか人間にもやけどすら与えられない「白い炎」。

 俺は、この白い炎を通じて世界を見ることで、やっと魔力の流れがえるようになったのだけど。


 それを、使っちゃダメってこと?


 おっさんの声が続ける。

「お前の体内にある魔力を、まずは目に集中させるんだ。魔力を感覚を、思い出せ」


 そんなこと、急に言われても。

 えっと、感覚って、感じることだよな。

 そういえば、使う人によって魔力の色は違って見えたな。

 キノの魔力は、ほとんど無色透明。清らかで、無限の広がりを感じさせた。カレナのは、激しく燃えて、攻撃的。

 おっさんは、体内で魔力を移動させてるらしいけど、カレナが言うには「魔力より筋肉のほうが、断然多い」のだそう。


 そんなみんなの魔力、視えないかな?

 ……視えない。真っ暗だよ。


 俺が困っているのを、くすくす笑うやつがいる。

「みんな、意地悪だなぁ。ひよっこアレックには、ヒントをあげなくちゃ。

 ほら、アレック。僕は、ここにいるよ。エビさんもいっしょだよ。エビさんの運命が気にならないかい?」


 待て待て。

 ここで食ったら、アウトだからな?!


 キノを探そうともがく俺。

 その腕を、はしっと掴んだ、細くてなめらかな手のひら……カレナ?

「やれやれ。ま、たしかに初心者には導きが必要だね。あたしが、お前の中の魔力を循環させる、手伝いをしてやろう。お前さんは、『キノの姿を見たい』と念じてごらん」


 ――どくん。

 あたたかな、いや、だんだん熱くなる手のひらが、俺の中の何かを動かす。

 そう例えば、奥底にある熱湯と、表面の水がかき混ぜられて、うねってひとつになって、均一のお湯になるみたいな。


 俺の中は、心地よいお湯で満たされていく。そのあたたかさが、目元にまで達した時……青灰色の闇に、ぼんやりと光が浮かび上がる。

 透明な白いシャボン玉に包まれた、キノとエビ……エビ、存在感すごいな。人間の赤ん坊くらいのデカさがあるんだけど。


 デカエビを肩に乗っけたキノは、俺と視線を合わせると、ふふふと微笑んだ。

「この子は、オトヒメエビさ。ほかの大きな生き物の体表についた、汚れを取ってくれる、海のお掃除屋さんだよ。ピンクでふわふわで、可愛いでしょ?」

 うん、まぁ、可愛いけど。

 お前、頭の先っぽかじられてるけど、大丈夫? 仲間のかたきだと思われてるんじゃない?


 エビを見送ったキノは、先輩冒険者の顔をして言った。

「さぁ、これで君は魔力が「在る」ことを知った。人間は、無を知ることは難しいけど、有を知ると、見えなかったものが次々と見えるようになるんだよ」


 あることを、知る?

 キノのくせに、難しいこと言うじゃないか。

 ええと、つまり、みんなの魔力があることが、分かってたらいいってことだよな。


 じゃあ、激しくて分かりやすい、カレナの魔力を探してみよう。

 青い闇の向こうまで、じっと目を凝らして。

 あ、あった。オレンジの膜に包まれた人影。海の中なのに、すごい熱量だ。


 キノは……いたいた。白く透明で、とても安定した空間にいる。俺が視てることに気づいたらしい、ひらひらと手を振った。


 おっさんは、何色だろう?

 ちゃんと視たことないんだよなぁ。

 

 手探りで海の中を進もうとして、シャボン玉の中で足をジタバタさせる俺。

 歩けないよね、当たり前だけど。

 玉転がしの要領で、押してみると、ちょっと進めた。腕力じゃない、魔力で、押す。ちょっとずつしか、進めない。


 何か大きなものを見つけて、近づいたけど、岩だった。

 さすがのおっさんも、こんなにゴツゴツしてないよな。ここまで大きくなくて、でも俺より大きくて、あたたかくて、よく動く……お、なんか馴染みのある気配が、俺の周りを回ってる?

 よーく目を凝らすと、うっすらと人の形が見える気がする。

 えっ、この人、泳いでる……!?


 おぼろげな気配に集中していたら、突然明かりがついたみたいに、丸く明るい空間が現れた。深い湖みたいな、青緑色のシャボン玉の中に……サングラスをかけた、おっさんの生首。

 こ、怖い。夢に出そう……。


「まさか、ずっと泳いでるつもり? でかいシャボン玉作れば?」

 俺にはちゃんとした魔法は使えないから、声が届くが不安だったけど、話しかけてみる。

「あれは常時展開だから、結構魔力の消費が激しいんだよ。俺は、こっちのほうが向いてるかな。3時間に1回ぐらい息継ぎできれば十分だから」

 ちゃんと声は届いたようだけど、これは、どこからツッコんだらいいのかな。

 人間って、3時間に1回の呼吸で生きていける生き物だっけ?

 サングラスって、かけたまま泳げるアイテムだっけ?


 ……うん、見なかったことにしよう。


 俺は、頭を冷やした。そうしたら、俺の中の魔力の温度がスッと下がって、感度が下がった。すると、視界はまた、青灰色の闇へと近づく。

 冷えすぎると、何も視えなくなってしまう。


 俺の全身を、ちょうどいい温度の魔力で満たすこと。

 この状態を維持することが、魔力で発動するスキルを上手に使うコツみたいだ。


 おっさんのほうは、見ない。カレナとキノを、見る。

 お、いいぞ。なんかそういう、視る方向の調整みたいなの、できるようになってきたぞ。


 カレナの感心した声が聞こえてきた。

「ほぅ。ケツの青いひよっこだと思っていたが、なかなか勘がいいじゃないか。

 その感覚を保ったまま、今度は、お前の知らない世界に、魔力を広げてごらん」


 俺の、知らない世界?

 あぁ、カレナとキノ以外の場所を視ればいいってこと?


 そうやって開かれた、俺の知らない、新しい世界は。

 言葉にできないほど繊細で、豊かで、俺は「魔力視認」を覚えてよかったと、心から思った。

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