カゲロウと時の望遠鏡

イソトマ

第1話 異変の始まり

 カゲロウは、今日もどこかの街角にいた。

 風のように軽く、影のように静かだったが、今の彼には、土を踏みしめる確かな足音と、胸に響く小さな鼓動があった。

 誰も気づかないけれど、たしかに“ここにいる”。

 この世界に根を下ろした一人の少年として、カゲロウは立っていた。

 子どもたちの笑い声が響く公園のそばで、カゲロウはふと胸の奥にひやりとした違和感を覚えた。

 ――また、始まっている。

 遊んでいる子どもたちの影が、ほんの少しだけ濁って揺れて見えたのだ。

 転ぶのを恐れて走れない子。

 間違えるのが怖くて手を挙げられない子。

 その小さな“恐れ”が、地面に落ちた黒いしずくのように、じわりと世界に染み広がっていく。

 カゲロウは目を細めた。

 遠くの空の端に、薄い黒い霧が立ちのぼっている。

 虚世界が満ち始めるときにだけ現れる、あの兆しだ。

 かつて境界を旅した彼だからこそ、その微かな「冷たさ」を肌で感じていた。

 子どもたちはまだ気づいていない。

 自分たちの胸の奥で、“あきらめ”の影が静かに育ち始めていることに。

 けれど、カゲロウだけは知っていた。

 このままでは、再び虚世界があふれ、黒い霧が現世を覆ってしまうことを。

 ――また、行かなければ。

 今度は、この確かな足取りで。

 カゲロウはひそやかに風に溶け、子どもたちの背中を見守りながら、静かに向こう側の世界へ歩き出した。

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