Il filo d’argento che intrecciamo  (私たちが紡ぐ銀の糸)

八坂卯野 (旧鈴ノ木 鈴ノ子)

序章

 バチカンとイタリアの国境線で、いや、境界線の上に、16歳の未知は朦朧とする意識のままで倒れこんだ。

 着衣は汚れ、砂にまみれ両手と傷だらけの素足が痛々しい。特に右手には犬釘が打ち付けられており、無理矢理に引き抜いたのであろう、釘は抜けずに酷く傷口を広げて、血を滴らせている。

 倒れたことに気が付いた近くの商店主たちが駆け寄り、両手を大きく広げ助けを求めるように振ると、テロ警戒のPolizia(警察) とCarabinieri(軍警察)が駆け寄り、やがてあたりは騒然となった。

 ミラノで発生した爆発物を使用したテロ行為により、あるレストランが吹き飛び、そして、幾人かが人質として連れ去られ、唯一の生き残りの神山未知は、そうして保護された。

 

 財閥系の実家を飛び出して、遠きアメリカの地でスタートアップ企業として、小さなアパートの一部屋から始めた事業は、順調な滑り出しから、ようやく安定飛行へと至るところだった。

 失われて久しかったアメリカンドリームを掴み取った矢先、腹違いの実家の兄が唐突に何もかもを奪っていったのだ。

 事業は、その分野では確固たる先進的で斬新な研究であり、連邦予算の補助さえついていた。

 日本企業でありながら、海外進出を果たした実家は、青色吐息の状況へと落ち込んでいたところに、勝手気ままな次男坊の会社が大躍進を遂げるところと見るや、手練手管を十重二十重に回して、木々の根を彫り上げるように、すべてを奪い去った。

 すべてを失い、そして、亡霊のように生き残ったのが、遠藤佳彦だった。



 大学助教として日本の大学に勤めていた。そこで新入生で入ってきた初々しい大学生との出会いが、人生を傾かせてしまった。

 研究分野を定めた大学生が、その道でかなりの成績を収めて、そして、アメリカでスタートアップ企業を設立する最中、よく手伝っていたこともあって、そのまま引き抜かれるように渡米した。

 事業が順風満帆に進み始めて、社員も増え数多くの人との交流をするうちに、しがない助教は、学んだ知識と取り入れたファッションに身を包み、その隣を常に歩いていた。

 そう、すべてを失った後も……だ。

 過去の栄光に縋ることもなく、ただ、その日を生きている案山子の隣で、2年間、ずっと支え続けて、いつかは戻ってくれるだろうとの安易な考えに疲れ果て、ダム湖近くの橋から耐えきれなくなって身を投げた。

 沈む水面から手をしっかりと握って救い出してくれたのは元凶だった。

 やがて癌が見つかり、首筋から体の真ん中を貫くように手術跡ができた頃、左手の薬指にアクセサリーを一つ、身に着けるようになる。

 ただ、隣で生きているのが、遠藤玲香であった。

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