天使の飛び立つ街
ひばかり
第1話「修道院がある街」
真っ青な空に淡いブルーの羽をした鳥達が旋回している。それを三度繰り返した後、V字に雁行を組んだ鳥達はついに水平線の向こうに見えなくなってしまった。ここは潮騒の街。小高い丘の上に古びた修道院がある街。
「そうや、早く姉ちゃんとこに行かんと」
カノは12歳。少しばかりのんびりとしたところがある。上の学校には行けず、両親が営む食堂の手伝いをしている。
「ビールは何箱やっけな? まあ適当でええか。載るだけ載せよ」
カノはそう呟いて、なだらかな丘の上の修道院を目指す。舗装の悪い道をガタガタと鳴らしながら小さなリヤカーを引いて歩くのは嫌いではない。修道院で作っている
「姉ちゃんも一緒に帰れるかな? そろそろ引ける時間のはずやけど」
姉のサクラは上の学校を卒業し、今年から修道院に入った。とはいえ、シスターには成れなかったので、住み込みではなく通いではある。ビール造りと天使のお世話をしているらしいが、カノには仕事の内容はよくわからない。姉に聞いてもいつもはぐらかされてしまう。
地味な裏門をくぐり、ビールの貯蔵庫へと真っ直ぐに向う。そろそろ陽が傾き始める頃なので、急がないと父親にまた小言を言われる。カノはいつも怒られてばかりだ。のんびりしている上に、身体があまり丈夫でないので、機敏に動くことも苦手だからだ。
管理小屋の修道女の人に一声かけ、リヤカーの荷台側を貯蔵庫の入口に向けて停める。薄暗く少しひんやりとした半地下に腰をかがめて入り、ビール箱を取り出してはドンドンと積み込む。八箱積み込んだところで、一人で引いて帰れるか不安になってきた。
「もうそろそろええか。腹も減ったし。あれっ?」
中庭の方に姉のサクラがいるのが見える。どうやら誰かと言い争いになっているようだ。
「なんやろう? あっ!」
サクラは頬を打たれて地面に倒れ込んでしまった。打った方はそのまま後ろも振り返らずに建物の中に戻って行ってしまう。
「姉ちゃん! 大丈夫か!」
カノは思わず叫び、リヤカーを放っぽりだしたまま中庭の方に駆けていった。
「カノ、ビールを取りに来たの?」
姉はつっと立ち上がり、何事もなかったかのようにカノの方に向き直って微笑んだ。頬が少し赤くなり、口の端のところが切れて血が滲んでいる様に見える。
「誰にぶたれたんや? どないしたんや?」
「ううん。気にしないで、福音よ。一緒に帰りましょうか? ちょうど引けるところよ」
「さっきの羽無しか? あいつら無茶しよる! 昨日も店で暴れて親父が蹴られたんや。義足の方やで。いくらなんでも⋯⋯」
「カノ、いい子だから、そんなこと言わないで。福音だから。帰りましょ。お腹が空いたでしょ?」
サクラはそう言ってカノの頭を優しくフワリと撫でた。姉の長く伸びた影を見て、カノはひどく空腹だったことを思い出した。
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