第2話 この気持ち

そんなお付き合いが一年程続いたある日

私は別れを告げてしまった。


私は彼に対する自分の素直な気持ちが

分からなくなっていたからだ。


どこが好かれているのか、

どこが好きなのか、

そんな思いが私の気持ちの中で

解決出来ず離れる事を決めた。


それからしばらく、

私は彼のことを思い出さないようにしていた。


思い出すたびに、

あの「大丈夫だよ」という声が、

胸の奥で反響するから。


新しい恋もした。

自分の意見をはっきり言う人で、

ぶつかることも多かったけれど、

少なくとも沈黙に気を遣う必要はなかった。


ある雨の日、

駅前の小さなカフェで彼を見かけた。


傘をたたみ、濡れた髪を軽く拭きながら

誰かと向き合って座っている。


彼は笑っていた。

でも、前より少しだけ強い笑い方だった。


相手の女性が言った。

「それ、私は嫌だな」


一瞬、彼の表情が止まった。

それから、ゆっくりと口を開く。


「……俺は、好きだけど」


その言葉に、私は息を止めた。

彼は初めて、譲らなかった。


胸の奥で、何かがほどける音がした。

それが後悔なのか、安堵なのかは分からない。


彼はもう、私の“優しすぎる彼氏”ではなかった。


誰かと対等に

言葉をぶつけられる人になっていた。


私はカフェを出て、雨の中を歩いた。

濡れることを気にせず、真っ直ぐ前を向いて。


優しさは、

誰かのために自分を消すことじゃない。


そう気づくには、

私たちは少しだけ

遠回りをする必要があったのだ。

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