ブラック企業を辞めたら、顔が最悪でドラゴン討伐を外注していた件 ~戦わないのに最強扱いされ、ダンジョンの主になりました~

シラル

01

仕事を終えて、ビルの外に出た瞬間だった。


夜。

雨。

信号無視のトラック。


「あ――」


体が勝手に動いた。

目の前にいた誰かを、突き飛ばした記憶がある。

次の瞬間、世界がひっくり返った。


……たぶん、死んだ。


意識が途切れる直前、

やけに明るい声が聞こえた気がした。


「あなたは選ばれ――」


そこで記憶は途切れている。


次に目を覚ました時、俺は森の中に倒れていた。


「……ここ、どこだ」


頭が重い。

でも、体は妙に軽い。


とりあえず起き上がり、近くの水たまりを覗き込んだ。


――映っていた顔を見て、固まった。


怖い。

とにかく怖い。


傷だらけのような顔。

鋭い目つき。

どう見ても歴戦の猛者か、悪役。


「……誰だよ、これ」


前世の俺は、どちらかといえば社畜顔だった。

眠そうで、覇気がない。

人を威圧する顔じゃない。


【外見:初期設定】


初期設定って、何基準だ。


その時、視界の端に青いウィンドウが浮かんだ。


【チュートリアルを開始します】

【ようこそ、異世界へ】


来た。

テンプレだ。


頭の中を整理する。

ブラック企業。

残業。

休日なし。

トラック。


過労死コンボ+異世界転生。

よくある話だ。


……問題は、現実的なところだった。


腹が鳴る。


【所持金:0】


「え?」


ゼロ。

文字通り、ゼロ。


武器もない。

服も安物。

スキルは多いが、説明が長い。


【まずは魔物を倒して――】


無理だ。

空腹で戦えるわけがない。


俺はチュートリアルを無視して、森を抜けた。

幸い、すぐに街が見えた。


門の前で、衛兵に止められる。


「……戦場帰りか?」


「え?」


「その顔。相当、前線でやったな」


違う。

生まれつきだ。


だが、訂正する前に通された。

どうやら、俺の顔は“勲章”らしい。


街に入ると、皆が一歩距離を取る。

だが、舐められてはいない。


……この顔、便利だな。


冒険者ギルドで、依頼を探す。

最初に目に入ったのは、スライム討伐。


報酬:安い。


その横に、異様な依頼があった。


【討伐対象:火竜(成体)】

【報酬:高額】


無理だ。

絶対に無理。


……俺が戦うなら。


だが、掲示板の下に、小さな張り紙があった。


【高ランク傭兵、常時募集中】


なるほど。


戦うのは、俺じゃなくていい。


受付に聞くと、傭兵の手配は可能だった。

ただし、前金が必要。


問題は金だ。


俺は考えた。

街の有力者に、依頼を“まとめて”持ち込む。

危険な討伐を、組織的に請け負う。


顔が怖いせいか、話はすんなり通った。


こうして集まったのが――


・元軍人の重装戦士

・無口な女魔法使い

・回復専門の神官

・弓使いの傭兵団員(女性)


全員、ランクは高い。

俺より、はるかに強い。


俺は指示を出す。

配置、役割、報酬分配。


前世の仕事の癖だ。

段取りだけは、得意だった。


結果――


ドラゴンは倒れた。


俺は、遠くから見ていただけだ。


報酬は大きい。

傭兵には約束通り支払う。

それでも、手元に金が残る。


「あれ……?」


これ、普通に儲かる。


【警告:想定外の攻略方法です】


画面が震えた。


「知るか」


傭兵の女魔法使いが、俺を見た。


「……あなた、本当に前に出ないのね」


「危ないからな」


「その割に、全部うまくいく」


なぜか、評価が上がっている。


街では噂が広がった。

“顔に傷を負った、戦争帰りの指揮官”

“ドラゴン討伐の黒幕”


違う。

俺は飯を食いたかっただけだ。


その夜、見慣れない表示が出た。


【称号を獲得しました】

【物語の悪役】

【※詳細未開放】


「……?」


意味はわからない。

だが、嫌な予感はした。


直後、チュートリアル画面が赤く染まる。


【これ以上、物語を逸脱しないでください】

【強制イベントを開始します】


……ああ、やっぱり。


面倒なのが、来た。

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