悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香

第1話 悪役令嬢、メンタルを病む

「まぁ。サーシャ・ツンドール公爵令嬢よ」

「本日も恐ろしいわね」

「ご覧になって? あの釣り上がった目」


「まぁ。ごきげんよう? 全て聞こえていましてよ? タンザイト伯爵令嬢? ナニメア伯爵令嬢? そして、ハリアイヌ子爵令嬢?」



 いつも通り、夜会ではわたくしの陰口が聞こえます。勇気を振り絞って言い返しております。わたくしの父にも母にも似ていない、この釣りあがった目。とてもキツく見えるのだそうですわ。





「サーシャ。傲慢に振る舞うでない」


 その夜、騒ぎを聞いた父にそう言いつけられた私は、ショックのあまり倒れてしまいましたわ。あぁ、公爵令嬢として汚名が……いえ、もうどうでもいいのです。







◇◇◇

「お目覚めですか? サーシャお嬢様」


「あぁ、マリアね。ありがとう。目が覚めたわ」


「昨夜のことは覚えていらっしゃいますか?」


 目を覚ますと、私の専属メイドのマリアがいました。心配そうなマリアの顔を見つめていると、ひとりでに涙が流れ落ちていきます。起きあがろうとしても身体が動かない……どうなっているのでしょうか?



「マリア。身体が動かなくて起き上がれないわ」


 精一杯言葉にしてそう伝えると、悲しそうな表情を浮かべたマリアは、走ってどこかにいってしまいました。


 水の中に沈んだように、気持ちも浮かび上がりません。どうして……あぁ、わたくしなんて死んでしまったらいいのかしら? そう思って護身用のナイフを探します。見当たりませんわ。どこに入れたのかしら。死のうとおもうとなぜか身体が動きましたわ。



「サーシャお嬢様! 医師を連れてまいりました! 診察していただきましょう?」


「そう……」


 マリアに言われるがまま、診察を受けます。


「……お嬢様は身体的な面では問題ないかと思います。どちらかというと、精神的な面ではないかと……」


 医師のそんなセリフは、わたくしの頭には入ってきません。

 あぁ、私の部屋は二階ですわ。落ちたら、死ねるのかしら?




「……お薬を処方します。お一人にならないように見守って差し上げてください。お近くに刃物等は置かないように」


 そんなセリフが聞こえてきましたが、わたくしの頭には処理し切れません。


「……わかりました。私が必ずお嬢様をお守りします」







◇◇◇

「おい、サーシャ。怠けていないで早く起きろ。家庭教師の先生がお待ちだ」


 お父様のそんなセリフが聞こえてきました。

 あれから、食欲もなくなり、ただただ眠気に襲われます。お薬の副作用でしょうか。起きると涙が止まらないのです。


「はい、お父様」


 そう答えるものの、身体は動きません。


 マリアと医者が必死にお父様を連れ出し、状況を説明します。ふん、と鼻を鳴らして出ていかれました。


「お嬢様。お召し上がりになりたいものはありますか?」


「何もいらないわ」


「ではお嬢様。お飲み物だけでも召し上がってください」


 マリアがそう言って差し出してきた飲み物は、温かく、優しい香りがしました。


「……ポタージュ?」


「お嬢様のお好きなお芋のポタージュを、私がお作りいたしました。美味しくできたと思うので飲んでいただけますか?」


 そこまで言われ、一口口に入れると、甘くて優しいお芋の香りが一気に鼻を抜けていきます。遅れて優しいハーブの香りも漂ってきました。温かくて優しい。


「……美味しい」


「お嬢様……ありがとうございます。お気に召してくださったのならば、私がどれだけでもお作りいたしますからね?」


「ありがとう。マリア」


 マリアの優しさに少し気持ちが楽になった気がしました。


「マリア。本をとってちょうだい? 少しでも座学を進めておきたいわ」


「お嬢様……今はお身体を休めることを優先なさってください。お嬢様のお身体が悲鳴をあげていらっしゃいますわ」


「そう……」


「どうしても読書がしたいと思っしゃるのならば、マリアおすすめのお笑い小説になさってくださいませ」


「ありがとう。読ませてもらうわ」


 そう言って視線を向けると、なぜか本が読めません。いつも余暇には読書をして過ごしていたわたくし。なぜ本が読めないのか、理解できません。読めても少しするとすぐに疲れてしまいます。


「……読めない、わ」


「お嬢様……では、なにもなさらずゆっくりすることが必要なのでしょう。まずはゆっくり過ごしてください」


「ありがとう」


 そう言われたわたくしは、眠りました。お薬の影響で眠くなるのです。ただただ、ひたすら眠りました。


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