第5話

訓練場の石床に、カイルが力強く拳を叩きつける。

「行けッ!」という叫びと共に、石の隙間から太い蔦が爆発的に噴き出し、まるで巨大な蛇のようにレイへと襲いかかった。

「遅いよ」

レイは表情一つ変えず、一歩も動かずに指先を弾く。その瞬間、足元から放射線状に白銀の霜が走り、襲い来る蔦を先端から一瞬で凍土の彫刻へと変えていった。

パキパキと小気味よい音を立てて砕け散る氷の破片。しかし、カイルは不敵に八重歯を覗かせて笑う。


「そいつはオトリだ!」

砕けた蔦の破片から、無数の「爆裂種の種」が放たれ、レイを包囲するように降り注ぐ種子が、カイルの魔力に反応して一斉に弾けます。

「・・・凍れ」

爆風がレイを飲み込む寸前、彼は自身の周囲に氷の棺を形成。爆風と衝撃を完全に遮断した。そして、煙の中から現れたレイの瞳は、懐にある手帳――シュナとの繋がり――を守るという妄執で、より一層冷たく冴え渡っていた。


「僕の邪魔をしないで。・・・シュナとの時間を、奪わないで」

レイが両手を広げると、訓練場の気温が急激に低下し、湿気がすべて鋭利な氷の針へと変わった。数千の針がカイルを襲うが、カイルも負けてはいなかった。

足元から巨大な「食人樹の盾」を急成長させ、氷の雨を必死に防ぐ。

「へっ、最高にゾクゾクするぜ! お前みたいな化け物を倒して、俺が一番になるんだ!」

植物は凍り、氷は植物の生命力に突き破られる。美しくも残酷な、白と緑の嵐。


観覧席でそれを見つめるシエルは、ダンカンの腕に身を委ねながら、高揚感に頬を染めます。

「見て、ダンカン・・・あの子たちの魔力、ぶつかり合って弾けてる。まるで、私たちの夜みたい」

その言葉に、ダンカンの手は無意識にシエルの腰を強く抱き寄せ、模擬戦の熱気と二人の情欲が混ざり合い、訓練場は異様な熱気に包まれていった。


激しい攻防の最中、レイの意識を奪ったのは勝利への渇望ではなく、懐にある大事な手帳への懸念だった。激しい衝撃に耐えかねたのか、上着の隙間から一冊の革手帳が滑り落ち、砂塵の舞う石床に転がった。

「あっ・・・!」

レイの顔から、初めて余裕が消え失せる。氷のような冷徹さは霧散し、剥き出しの焦燥がその表情を支配した。慌てて手を伸ばしたレイだったが、戦場におけるカイルの野生的な直感はそれを見逃さなかった。


「なんだぁ? 大事なもんかぁ、これ!」

カイルが不敵に笑いながら指先を弾くと、地を這う蔦が生き物のように手帳を絡め取り、レイの手が届く前にそれを奪い去った。

「返せ・・・! それを汚すな!」

レイの悲痛な叫びを余所に、カイルは好奇心に任せてその手帳を開いた。

刹那、カイルの動きが止まった。


魔法によって鮮明に記録された映像――そこには、16歳の少年が経験したことのない、あまりに毒々しく、そして美しい「未知の悦楽」が映し出されていた。シュナのとろけた瞳、震える肌、そして二人が混ざり合う背徳的な光景。 カイルの顔は瞬時に沸騰したように赤らみ、手帳を握ったまま、魂を抜かれたように呆然と立ち尽くしてしまった。

「・・・殺す」

静かな、けれど絶対的な殺意。カイルが硬直した一瞬の隙を突き、氷の魔力を拳に纏わせ、無防備なカイルの首筋を容赦なく打ち据える。

「・・・がっ」

短い呻きと共に、カイルの意識は闇へと沈み、崩れ落ちた。レイはその手から奪い返すようにして大事な手帳を回収し、胸に抱いた。


「勝者! レイ・フリード!」

審判の宣言が訓練場に響き渡る。レイは周囲の喧騒など耳に入らない様子で、震える手で手帳を広げた。手帳の中身を確かめ、映像記録が損なわれていないことを確認すると、その口元に、狂気さえ孕んだ満足げな微笑を浮かべた。

「よかった。壊れてない。僕のシュナ・・・」

観客席からそれを見守っていたダンカンとシエルは、一瞬の静寂の後、レイの内に秘められた狂気の笑みに、背筋が凍るような戦慄を覚えるのだった。

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