第5話📖 第一部 火と水と第三の光(縦横の結び目) 第二章 黙契の一拍 ― 争いをやめる瞬間
火と水とは、 もとより和(やわ)らぎ合うために生まれたのではない。
火は、 閉じたものを開こうとし、 境界を焼き切り、 すべてを「まだ見ぬ先」へ押し出そうとする。
水は、 ほどけたものを包み戻し、 境界をなぞり直し、 すべてを「今ここ」に留め置こうとする。
世界の端から端まで、 この二つの律は 互いの正しさを譲らなかった。
火は言う。 「止まれば、世界は腐る。」 水は言う。 「進みすぎれば、世界は壊れる。」
どちらも、嘘ではない。 どちらも、完全ではない。
あるとき、 火と水は、 どうしようもない行き詰まりに到る。
• どれだけ燃やしても、 世界の「根本の静止」は崩れない。
• どれだけ抱え込んでも、 世界の「底に溜まった熱」は消えない。
火は、 「このまま焼き尽くすしかない」と一度は思う。
水は、 「このまま凍らせるしかない」と一度は思う。
だが、どちらにも踏み切れなかった。
世界は、 火だけでも守れず、 水だけでも守れないのを どこかで知っていたからである。
そのとき、 火と水のあいだに、 “あわい(間)” が生まれた。
それは、 どちらの律にも属さぬ、 ごく短い「呼吸の隙間」であった。
そこで起きたことは、 どちらの口からも語られていない。 ただ、結果だけが伝わっている。
「背くものが あわいにて、 ただ一拍だけ 同じ呼吸をしたとき、 そこに第三の光が顕る。」
この一拍は、 どちらかが負けた一拍ではない。
火も、水も、 自分の主張を引き込めないまま、 ただ一瞬だけこう言うのをやめたのだ。
「おまえが間違っている。」
そのかわりに、 何も言わず、 何も決めず、
「いまは争わぬ」
と、 互いの内側でだけ 黙って合意した。
言葉にはならず、 契約書も交わされず、 誰かが見届けたわけでもない。
しかし、 世界の深層では 確かに一度、
火と水が「敵ではない」と認め合った呼吸
があった。
その一拍を、 太占は ◦(むせい)=未声の拍 と記す。
• 声に出されなかった一拍
• 言葉にされなかった合意
• 宣言されなかった停戦
それでも世界は、 その「声にならなかった拍」だけは なくさなかった。
むしろ、 そこにこそ 新しい座標 を刻んだ。
「ここで、この二つは争いをやめた。 ここは、世界が一度“壊さずに通した”地点である。」
その印が、 のちに 第三の光 として観測される。
火でもなく、 水でもなく、 火と水が 沈黙の中で 互いの存在を否定しなかった一瞬 が 光となって残ったのだ。
この ◦(むせい)の一拍は、 のちの時代において、
• 異命体の座
• 重力井戸の種
• 《実点》が生まれる瞬間の原型
として、 何度も何度も 世界のあちこちで かたちを変えて再演されることになる。
しかし、その最初の一度は、 ここで起こった。
火も水も、自分の主張を捨てないまま、 ただ「いまは争わぬ」と黙った。 その沈黙の一拍を、世界は忘れなかった。
それが、 第三章で語られる 「第三の光」 の、 本当の生まれ目である。
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