復讐なんだからしょうがないよねっ ~47人でかたき討ち~

村上空気

第1話:スパゲティ屋の二階で

 信じられるか?

 二年だぜ、二年。

 二年ぶり。


(くそ! 今日まで本当に長かった!)

 エイティは心の中で叫んだ。




 ――繁華街の裏路地に、時代から取り残されたスパゲティ屋があった。その二階に、懐かしい顔が揃っていた。


(アホ面がそろってやがるぜ!)

 エイティは思わず泣きそうになる。

(いや、泣かんけどもね。泣かんけども)

(だっておれ、ガンマンだし!)

 こらえる。


 間もなく、

「おい、エイティ!」

 と声がかかった。

 見れば、懐かしのザ・リーフが手を上げていた。

「こっちにこいよ」


 エイティは彼の隣に腰かけた。

 二人は無言で拳を合わせ、再会を祝した。

「二年ぶりだな」

「ああ、二年ぶりだ」

 二年ぶりだった。


「お前は変わらんなあ」

 エイティが笑った。


 ザ・リーフは

「わははは。お前だって」

 と言いかけたが、そこで口をつぐみ、

「……」


「なあ、皆」

 周囲の仲間に声をかけた。

「こいつ、なんか顔が変わったと思わないか?」


 じろじろじろり、皆がエイティを無遠慮に見つめた。

「うーむ……」

「おれの記憶では、もうちょっと芋っぽかった気がするが」

「うん。こんな春風みたいに爽やかに微笑むやつじゃなかったよ」

「ナイス・ガイすぎてなんかキモいぞ」

「……まさか、潜入捜査にきたスパイじゃねーだろうな?」

「潜入捜査をやっているのはおれたちの方だろ」


 仲間が言いたい放題言うのを聞いて、

「そりゃ顔だって変わるさ」

 エイティはワインをあおった。

「だっておれ、もう二年も銀行員をやっているんだぞ。営業スマイルってやつが張りついちまったよ」


 皆が爆笑した。


「笑いごとじゃねーって」

 エイティは嘆息。

「以前はお前らと一緒に馬にまたがって悪党を追いかけていたこのおれが、いまじゃお客さまに金融商品を勧める毎日よ」


 さらに、

「今日も百万ドルの大口契約を取りつけちまった」

「このままいったら支店長の娘さんと結婚して、出世コースに乗っちまう」

「おれの二つ名を聞きたいか? 契約書チェックの鬼、だ」

「胃に穴が開いた。悪党の体に穴を開けるのがおれの本業のはずなのに、穴が開いたのは自分の胃だ。何だこれ」


 堰を切ったかのように、エイティの口から愚痴があふれ出した。

 よほどストレスが溜まっているらしい。


 ザ・リーフは苦笑いして、

「落ち着けよ」

 エイティの肩を叩いた。

「どうどう」

「馬にも長らく乗ってねーなあ……」

「まあ聞けって」


 ザ・リーフは、エイティのグラスにワインを注いでやった。

 そしてあごをしゃくった。

「いいか。――クラークの兄貴は、いまは煙突掃除人をやっている」

「ほぉ」

「で、肺を病んだそうだ」

「大丈夫なのかよ!?」


「それから、カーターは牧師になった」

「ふむ」

「毎日たくさんの人の悩みを聞く内に、この世には神なんていないと確信したそうだ」

「……それ、大丈夫なのか?」


「フーバーの野郎は、イタリアン・マフィアに潜入中だ。いまじゃ大幹部だってよ」

「元保安官がマフィアの幹部か」

「最近は善悪の区別がつかなくなりつつあると言っていた」

「……ダメだろ、それ」


 ふと部屋の奥に目をやると、総白髪を肩まで伸ばした男がいた。

 頬はこけ、目は昏い。

 そして――妙に存在感が薄い。


 さすがのエイティもこれには仰天、

「ゆ、幽霊だ!」

 声を上げた。


 だがザ・リーフは、

「いや、ありゃゴールドバーグさ」


「……ゴールドバーグの幽霊か?」

「ただのゴールドバーグだ」


 よくよく見れば、なるほど、面影がある。

 ゴールドバーグはハンサムな男だった。いまも端正な顔立ちといえばその通りだが、しかしなぜあんなふうに!? 


「あいつの役目は、キール邸の地図を入手することだった」

 ザ・リーフが言った。

「やつは美貌を活かして、キール邸を作った大工の娘に接近し、甘い言葉をささやいて大工が所有していた地図を持ってこさせることに成功した」


「ほぉ、大手柄じゃないか」

「ああ、大手柄さ。だが結果的に娘さんを騙すことになった。やつは良心の呵責に苦しみ……」

「ははあ。あの髪はストレスが原因か」


 エイティがつぶやく。

「……皆、苦労しているんだなあ」


「そうだな。だが仕方ないさ。すべてはオヤジさんのかたきを討つためだもの」

「そうだったな。うん、そうだった」




◇◆◇◆◇




 何しろ二年ぶりに会ったのだ。積もる話もある。

 というか積もり積もっている。

 エイティらは酒をくみ交わし、大いに盛り上がった。


 やがて、

「皆、聞いてくれ」

 カーターが立ち上がった。


 彼はくそ真面目な男であり、二年前と同じく今日もまた、くそ真面目な顔をしていた。

 エイティはちょっとなごむ。


 しかし、なごんでいる場合ではなかった。


 カーターが言った。

「今日集まってもらったのは他でもない。ついにFBIが――あのファッキンFBIが、おれたちを重要監視リストから外したそうだ」


 部屋が静まり返った。


 カーターは続けた。

「長かった。この二年間は本当に長かった。だがいまや、おれたちは自由の身となった。そして自由になったってことは――そう、事を起こす準備が整ったってことだ!」


 皆の視線が、兄貴分のクラークに集中する。


 クラークはにこにこと微笑みながら、

「ゴーだ」


 その言葉に、一同は歓声を上げた。

「ついにきた! ついにこの時がきたぞ!」


 泣き出すやつもいる。

「おれ、不安だったんだよ。監視リストから外れるのを待つ間に、キールの野郎が天寿をまっとうしちまうんじゃないかって、毎晩不安で不安で……」


 皆が騒ぐのを見て、

「おい、お前ら!」

 カーターが慌てる。

「誰かに聞かれたらどうするんだ! 計画がおじゃんだぞ」


 おっと、そりゃまずい。

 皆は口をつぐんだ。


 とはいえ、この興奮は押さえられるものではない。


 かくして、

「ボーノ、ボーノ!」

 ザ・リーフである。

「ボボボボボーノ!」

 彼は叫んだ。


 皆はぎょっとする。

 こいつ、いきなりどうしたんだ!?


 だがすぐに気がついた。

 そうか、ここはスパゲティ屋だ。それらしい言葉ならいくら叫んでも問題ないだろう。

 というわけで口々に、

「ボーノ!」

「デリツィオーゾ!」

「ボンジョルノ!」

「イタリアン・ピッツァ!」

「パスタ・美味デース!」

「トレビアーン!」

「バカ、それはフランス語だ!」

 喜びを爆発させた。




◇◆◇◆◇




 騒ぎがひと段落したところで、改めてカーターが言った。

「皆、心してくれ。決行は来週の金曜日。ここにいる者で、例の計画を実行に移す。いいな」


 エイティらは大きくうなずいた。


 しかし――、

「あれ」

 誰かが言った。

「コッヘルの姿がねーぞ?」


 ざわめきが起こった。

「やつはどうしたんだ?」

「まさかあの野郎……」


 クラークが立ち上がった。

「それについては、おれから話そう」


 クラークは穏やかな口調で続けた。

「コッヘルはこの戦いから外れることになった」

「……」

「じつは昨日、やつがおれのところにきてな、情報収集のために始めた喫茶店が軌道に乗った、恋人もできた、結婚も考えている、とまぁこう言うんだよ」


「そ、それじゃあアニキ!」

 カーターの顔色が変わっていた。

「つまりやつは、オヤジのかたき討ちをやめるって言うんですかい!?」


 クラークは苦笑。

「おい、カーターよ、そう高ぶるな」

 さらに部屋をぐるっと見回して、

「お前らもだぞ。ほら、フーバー、拳銃をしまえ。やめろやめろ、弾を込めるな。こら、ホリス。おい、ホリス。お前はナイフなんて握りしめてどうする気だ。いや、ナイフの代わりにフォークを握ってもだめだ。そういうことじゃない。フォークならいいなんて言っているんじゃない」


 クラークは

「まったくもう。お前らは成長せんなあ」

 どこか嬉しそうにつぶやくと、一度咳払い。


 そして

「コッヘルはな」

 と話を戻した。

「おれにこう言うんだよ。――もうどうしていいかわからない、って。もちろんオヤジのかたきは討ちたい。最期まで保安官でありたい。とはいえ店や恋人のことも諦められない。もう自分じゃどうしていいかわからないから、いっそ撃ち殺してほしい。やつは泣きながらそう言うんだよ」


 皆はじっとクラークの言葉を聞いていた。

 

「だからおれは言ったよ。生き続けてオヤジについて語り継ぐ者も必要だ。お前にはそれを頼みたい、ってな」


 クラークは微笑んだ。

「――おれは嬉しいんだ。わかるか? おれを含めてバカが四十七人もいた。コッヘルの離脱は残念だが、それでも同志が四十七人もいる。それで十分じゃないか。な、そうだろ? あの世でオヤジだってきっと喜んでいるよ」

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