第3話
放課後の王立魔導学園。多くの生徒が部活動や社交に興じる中、僕はエリナ・フォン・ローゼリアに半ば引きずられる形で、学園北端にある「第零演習場」へと連れてこられていた。
そこは、特待生のみが使用を許される、防護結界が幾重にも張り巡らされた特別な空間だった。
「……それで、話ってなんだ。わざわざこんな隔離された場所まで呼び出して」
僕が尋ねると、エリナは黙って壁際に並べられた武器ラックを指差した。そこには、王国の名匠が打ち出したであろう一級品の長剣や大剣が数本並んでいたが、どれもが無惨な姿を晒していた。
刃は折れ、根元から溶け落ち、あるいはガラスのように粉々に砕けている。
「これ、全部私が今日一日で『壊した』ものよ」
エリナの声は、先ほどまでの快活さが嘘のように沈んでいた。
彼女は一振りの長剣を手に取る。それは魔法銀(ミスリル)を贅沢に配合した、家一軒が買えるほどの逸品だ。
「見てなさい。私は、普通に振るっているだけなの」
彼女が軽く剣を構え、虚空を薙いだ。
その瞬間、彼女の身体から溢れ出した莫大な魔力が、行き場を失って剣身へと逆流した。白銀の刃が耐えきれず赤熱し、凄まじい熱風とともに爆散する。
エリナの手元には、ひしゃげた柄だけが残された。
「……私の魔力は、あまりに密度が高すぎるの。どんなに優れた魔法武器でも、私の魔力という『濁流』を流せば、その器が耐えきれずに自壊してしまう。……ねえ、アルス。あなたは言ったわよね。物質の結合を緩められるって」
彼女は切実な瞳で僕を見つめた。
「なら、その逆もできるはず。結合を強め、私の魔力に耐えうる『器』を、私に作ってくれない?」
僕は黙って、床に散らばったミスリルの破片を拾い上げた。
指先から魔力を浸透させる。
なるほど。彼女の魔力は、まるで太陽の核融合のような暴力的で純粋なエネルギーだ。一般的な魔法武器は「魔力を通す」ようには設計されているが、「魔力の暴走を受け止める」ようにはできていない。
「……できないことはない。だが、僕のやり方は普通の鍛冶とは違うぞ」
「構わないわ。あなたのやり方でやって」
僕は作業台に向かい、予備の鉄材と、床に落ちたミスリルの破片を集めた。
本来、異なる金属を常温で完全に融合させるのは、現代の錬金術では不可能とされる。だが、原子の配列を直接いじれる僕にとっては、パズルを組み替えるようなものだ。
「エリナ、その柄をここに置け」
僕は集中した。視界から色が消え、物質の輪郭が「粒子の波」として浮かび上がる。
魔力値一二。
この細い、細い魔力の糸を、一本ずつ針の穴を通すようにミスリルの原子間に滑り込ませていく。
(……鉄の柔軟性と、ミスリルの魔導伝導率を、蜂の巣状(ハニカム)に積層構造で固定……。さらに、表面に魔力を『逃がす』ための微細な溝をナノ単位で刻む——)
数時間が経過した。
額から汗が滴る。脳が焼けるような疲労感。魔力値が低い僕にとって、この精密作業は命を削るに等しい。
やがて、作業台の上には一振りの剣が完成していた。
それは、装飾一つない無骨な長剣だった。
しかし、その色は不思議な輝きを放っていた。白金(プラチナ)よりも鈍く、されど闇夜の月のように澄んだ、冷たい「銀」の色。
「……試してみろ」
僕が促すと、エリナは恐る恐るその剣を握った。
彼女が魔力を込める。
先ほどなら爆発が起きていたはずの負荷。だが、剣は爆発しなかった。それどころか、彼女の荒れ狂う魔力を吸い込み、銀の刃が静かに、しかし力強く共鳴し始めた。
「……信じられない。魔力が、剣の中で『呼吸』してる……」
彼女は確信に満ちた動作で、演習用の巨大な防護岩に向かって剣を振り下ろした。
音はしなかった。
一メートルを超える厚さの岩が、熱したナイフでバターを切るように、音もなく両断された。
「これよ……。私がずっと求めていた、私の全力に応えてくれる『相棒』……!」
エリナは歓喜の声を上げ、剣を抱きしめるように胸に当てた。そして、崩れ落ちそうになった僕の肩を、慌てて支えてくれた。
「アルス! 大丈夫!?」
「……ああ。少し、魔力を使いすぎただけだ。……その剣、名前はまだないが、とりあえず『銀の試作一号』とでも呼んでおけ」
「いいえ。これは『静寂』。私の嵐のような魔力を静めてくれる、世界でたった一つの宝物よ」
エリナは、まるで恋する乙女のような顔で剣を見つめ、それから僕を見て、顔を赤らめた。
「ありがとう、アルス。これで私、本当の意味で戦えるわ」
僕は彼女の温もりを感じながら、ぼんやりと思った。
最強の剣士に、最強の武器を与えてしまった。これから始まる学園生活、平穏な日々は望めそうにないな、と。
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