聖域のレジェンドと、軋む歯車
香港での熱狂を背に、セカレジは次の地、台湾へと渡る。しかし、機内の空気は香港の時のような高揚感に包まれてはいなかった。桑田のギターが「歌」という武器を手に入れたことで、皮肉にもリズム隊との呼吸に微かな「ズレ」が生じ始めていた。
「……次の台湾、対バン相手が決まったわよ」
空港のラウンジで舞元が広げた資料を見て、不破の目が剥かれた。
「……は? マジかよ。エターナルプリズム……だと!?」
そこに記されていたのは、日本が誇るアニソン・特撮界の超弩級レジェンド二人組だった。不破が愛してやまないゲームの挿入歌や、幼い頃に夢中になった特撮の主題歌をすべて手掛けてきた、まさに「神」に近い存在。
「あの人たちは、ただのミュージシャンじゃない。物語に『命』を吹き込む、本物のプロフェッショナルだ。……僕たちが、あんな聖域みたいな人たちと同じステージに立つのか?」
不破の言葉には、いつもの皮肉はなく、純粋な畏怖と興奮が混じっていた。
噛み合わない二人
台湾に到着し、リハーサルスタジオに入った四人。だが、桑田のプレイがどこか重い。前へ突き抜けるような輝きが影を潜め、不破のベースのタイミングを伺うような、中途半端な間(ま)が生まれていた。
「……ストップ。桑田、今のアウトだ」
田上が鋭くスティックを止め、不破も無言で弦を押さえた。
「……悪い。なんか、こう、不破のベースを殺しちゃいけない気がしてさ。ちょっと合わせようとしたんだけど……」
桑田が気まずそうに、指先でピックを弄ぶ。香港でのデュエットを経て、桑田は「目立ちすぎること」への責任感と、リズム隊への申し訳なさを抱え始めていたのだ。
しかし、その言葉を聞いた不破の表情が、これまでにないほど険しくなった。
「……何こっちに合わせようとしてんだよ、桑田」
「えっ……?」
「お前、さっきエターナルプリズムの曲を聴いたか? あの人たちの歌は、どれだけバックが豪華でも、最後は魂を乗せて前を突っ切ってる。俺のベースに気を使うような、そんな弱気な音を出すなよ」
不破はベースを叩くようにして置き、桑田を真っ向から睨みつけた。
「俺たちが世界を取るんだろ? お前らしく前を突っ切れよ。お前が加速して、手に負えなくなるくらい暴走する。それを後ろからねじ伏せて支えるのが、俺と田上の仕事だ。お前が俺たちに歩み寄った瞬間に、セカレジの『毒』は消えるんだよ!」
不破の怒鳴り声に、スタジオは静まり返った。
桑田は呆然と立ち尽くしたが、その瞳の奥には、再び青い火が灯り始めていた。
「……そうか。俺、バカなこと考えてたな」
「元からバカだろ。……行くぞ、レジェンドに恥ずかしくない音、出すんだろ」
荒崎は二人のやり取りを黙って見ていたが、不敵に笑ってマイクを握った。
「不破、お前のその熱、ライブまで取っておけよ。……エターナルプリズム。神様だか何だか知らねえが、俺たちがその玉座、引きずり降ろしてやる」
台湾の夜、最強のレジェンドを前に、セカレジは再び「不協和音という名の完成形」を取り戻そうとしていた。
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