第20話 誰がための高潔
類は友を呼ぶという言葉がある。
つまり、悪党になれば、同じような悪党と出会いやすくなるのだろう。
だから俺はローゲンと出会った。
この国に巣食う、教団の構成員に。
『どうする?』
ゼストの声が、思考を冷静にする。
取り敢えず、こちらを仲間だと勘違いしているうちに情報を引き出そう。
「セレスティアの秘級魔法は残念だったな」
俺がそう告げると、ローゲンは頻りに頷いた。
コイツ……厳めしい印象だったが、本来はこんなに感情豊かなんだな。
「誠に残念だった。しかしこの国にはまだまだ未知数の魔法がある。悲観する暇はないだろう」
ローゲンは狂信的な光を瞳に宿し、熱っぽく語り出す。
「人造神話を完成させるためには、既存の神話を解き明かさねばならない。第一神話【境界】、第二神話【永遠】、第三神話【魔法】、第四神話【運命】……中でも【魔法】は群を抜いて信者の数が多い。我らも一時的にそうならざるを得ないほどにな」
なになになに?
急に何を言ってるんだコイツは?
「第三神話はその実態を無数の魔法に紛れ込ませている。奴の構成を研究するには、世のあらゆる魔法を蒐集せねばならない」
ゼスト、翻訳してくれ。
コイツはさっきから何を言ってるんだ?
『分からんが……恐らく王級、禁級、秘級といった、特殊な魔法に用があるみたいだな』
なるほどな。
秘級魔法の持ち主であるセレスティアや、王級魔法の持ち主であるアイリーンを狙っているのはそれが理由か。
……あのさ。
素朴な疑問なんだが、今ここで教団の動きを阻止すれば、邪神は復活しないんじゃないか? それならレイジがいなくても世界を救えそうだが……。
『……訊いてみるか』
ゼストも一理あると思ったようだ。
となれば、知りたいのは邪神の現状についてだから……。
「人造神話の完成度は?」
俺は最もらしい顔で問いかける。
「二割、といったところか。既に外郭は構築している。既存の神話体系では破壊不可能だ」
その自信に満ちた言葉が答えだった。
つまり、通常の手段では傷一つつけられないということか?
『多分な。……どのみち今の我々で教団を壊滅させるのは厳しい』
やっぱレイジしか勝たんか。
ならせめて、ローゲンは斬っておくか……?
『やめた方がいいだろう。……宰相が裏切り者だったのだ。この国のどこに教団が潜んでいるのか、分かったものではないぞ』
だよな。
ルクシオンみたいな奴が複数潜んでいたとしたら、流石に厳しい。今はまだ同士のフリをしておこう。
なんて考えていると、ローゲンが気色悪い笑みを浮かべた。
「お互い話題は山積みのようだな。……どうだ、同士クロードよ? 今夜は二人で、じっくり語り明かさんか?」
嫌に決まってんだろ。
あまり話しすぎてもボロが出そうだ。この辺で退散しよう。
その前に――。
「生憎忙しいので遠慮するが、護衛の件は引き受けてやろう」
「おぉ、そうかそうか!! では儂に協力してくれるわけだな!!」
協力したいわけじゃないが、こうなった以上、俺自身がアイリーンの傍にいるのが一番安全だ。他の護衛が用意されたところで信頼できない。
どうするかな~~。
予定が狂ってしまった。
護衛しながらアイリーンに嫌われるのって、難しそうだぞ……。
◆
翌日。
王城の門を出たところで、俺はアイリーンと合流した。
「へ~~? ふ~~ん? ほ~~ん?」
アイリーンがニマニマした笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込んでくる。
「アンタ、私の護衛を引き受けたんだ?」
「……だったら何だ?」
「べっつに~~? アタシのこと、嫌ってそうだったのに、なんでかな~~って思っただけよ?」
コイツ……!!
うざ……!!
煽りの天才かよ……!!
『私の目には、喜んでいるように見えなくもないが……』
そんなわけあるか!!
この女は人をからかうのが好きなだけだ。
『だが、太陽のように眩しい笑顔だぞ』
俺の困っている姿を見て楽しんでるんだろ。
『そうか……?』
「じゃあ行くわよ。ついて来なさい」
見当違いなゼストと話していると、アイリーンが歩き出した。
「護衛が必要な状況だと分かっていて、何故外出する?」
「そんなの決まってるでしょ? アタシにしかできないことがあるからよ」
溜息を吐く俺を他所に、アイリーンは歩き続けた。
行き先も分からないまま、取り敢えず付き従う。
だが、次第に俺は違和感を覚えた。
「おい、その先はスラム街だ」
「アンタもスラム街の存在は認識してんのね」
アイリーンが意外そうに言う。
「ここ最近、スラムの子供たちの間で奇病が流行っているのよ。だから、教会への匿名支援と、実態調査に向かうわ」
「適任者は他にいるはずだ。何故、王女である貴様が自ら動く」
「あいつらは腰が重いのよ。予算がない、人が足りない……言い訳ばかり。だからアタシが動くの」
アイリーンはほくそ笑む。
「アタシの身に何かあれば、あいつらの責任になるから、きっと大慌てで対処するわ」
「……正気か?」
役人のケツを蹴り上げるためだけに、己を囮にするのか。
なんて馬鹿な思想だ……自分の身を危険に晒し、それを代償に世界を動かすなど。
「自己犠牲が過ぎるな」
『おいッ!! お前だけはそれを言ってはならないだろッ!!』
俺はいいんだよ、俺は。
踏み台なんだから。
「ノブレス・オブリージュってやつよ」
意気揚々と歩くアイリーンの後を、俺は無言でついて行った。
ノブレス・オブリージュ……大衆にとって都合のいい言葉だ。
俺は、俺だけができることだから、自己犠牲も仕方ないと思っている。
だけどそれは自己犠牲を肯定しているわけじゃない。
アイリーンが今やっているこれは、本来ならアイリーンじゃない他の誰かがやるべきことだ。そんなもののために危険を冒すなんて、どうかしている。
こういう日頃の隙の多さが、教団に狙われる切っ掛けにもなったんじゃないか?
なあ……【運命】さんよぉ。
俺はこれからも死に物狂いで頑張るからさ。だからせめて、俺が大切にしている人たちくらいは、楽な人生を歩ませてくれよ。
『お前は……本当に、どうしてお前が本物じゃないんだろうな……』
ゼストの悔しそうな声が聞こえる。
同時に――こちらへ近づく足音も聞こえた。
スラム街に入って、最初の路地裏を曲がったところで、アイリーンが足を止める。
彼女も気づいたようだ。
じっとしていると、路地の陰から薄汚れた男たちが数人、下卑た笑みを浮かべて現れた。手には錆びついたナイフや棍棒を持っている。
「へへ、上玉じゃねぇか」
「身につけてるもん全部置きな。勿論、服もな」
身なりのいい女と、護衛とはいえたった一人の男。
しかも二人とも若い。カモに見えたのだろう。
「アンタはそこで棒立ちしてなさい」
俺が何か言うよりも早く、アイリーンは得意げな顔で告げた。
「護衛なんてほんとは必要ないのよ」
アイリーンは、自らの腰に手を添える。
「だってアタシ――アンタより強いから」
涼やかな金属音が、路地に響いた。
銀閃が、悪漢たちの狭間を走る。
「ガッ……!?」
「あぐッ!?」
男たちが次々と倒れた。
閃光の正体はレイピアだった。
『速いな』
ああ、もしかすると速さだけならレイジより上かもな。
踏み台になると決意した前の俺よりは強そうだ。
レイピアの切っ先が、男たちの手首、膝の裏、肩の腱を正確に打ち据える。殺しはしない。だが、確実に戦闘不能にする、制圧の剣技だ。
舞踏のような足捌きで攻撃をかわし、カウンターで急所を突く。
数秒もしないうちに、男たちは全員地面に転がって呻き声を上げていた。
「どう? 目で追えなかったでしょ? これが学園首席の実力よ」
アイリーンは乱れた前髪を払い、涼しい顔でレイピアを納めた。
全然余裕で追えたけど、面倒だから言わないでおくか。
それにしても……学園首席だったのか。
セレスティアが二位なのは知っていたけど、一位がアイリーンだったとは……。
「ティア、一位がアタシだってことはアンタに言ってなかったんじゃない?」
「ああ……今初めて知ったな」
「無理もないわね。アタシは昔、よくあの子のモノを取っちゃってたから」
アイリーンはぼんやり空を仰ぎ見る。
「幼馴染みで、ずっと一緒に過ごしていたから……二人とも同じものを好きになりがちなのよね。だからよく喧嘩して、最後はアタシが強引に取っちゃうことが多かったの」
どこか寂しげな瞳で、アイリーンは俺を見つめた。
「……馬鹿ね。子供じゃないんだから、もう我慢できるわよ」
アイリーンの声色に、微かに哀愁が滲んでいるような気がした。
まあ、人のものを取るのはよくないからね……我慢できて当たり前です。
『おい』
分かってる、気づいてるよ。
俺は「ふん」と鼻を鳴らしながら、地面に転がる男に近づいた。
学園首席も詰めが甘い。
一人だけ、まだ虎視眈々と逆襲を狙っている奴がいる。
「愚かだな」
「ぐあッ!?」
俺は男の頭を踏みつけ、地面に縫い止めた。
男が隠し持っていたナイフを、路地の隅に蹴り飛ばす。
「ちょっとクロード!! やり過ぎよ!! もう勝負はついてたじゃない!!」
やりすぎって……。
一応、尻拭いをしてやったんだけどな。
『ナイフが見えなかったのだろう。目を離していたからな』
ああ、そういうことか。
じゃあ……都合がいいな。
「貧民風情がこの俺を睨むからだ。……敗者を踏みにじるのは清々しいぞ? 貴様もやるか?」
俺は悪党らしい言葉を吐く。
それを聞いたアイリーンは、悲しそうな顔をした。
……キツいな。
さっさと愛想を尽かしてくれ。
そんな顔をされるのは、思ったよりも心が抉られる。
『……お前が根っからの悪党なら、そんなに苦しまずに済んだんだがな』
慰めのつもりか?
心配するなよ。
必ずやり遂げるからさ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます