第4話 在るべき世界線
灰色の世界で対峙したそれは、意味の分からない運命を告げた。
俺のせいで世界が滅びる……?
そもそも、コイツは誰なんだ?
いや、何なんだ?
『私は第四神話。【運命】です』
神を自称するその人物の発言を、俺は馬鹿にできなかった。
白いフードの奥にある、まるでこちらを値踏みするような瞳は、とても人間のものに見えない。
「預言の時と、声が違うな」
『あれは私の声ではありません。私が放つ糸の揺らめきを、人類が好みの声に変換したものです』
言ってることがイマイチ分からない。
勘弁してくれよ……ただでさえ今は心に余裕がないんだ。
「……俺のせいで世界が滅びる、と言ったな」
俺は声を絞り出した。
震えそうになる喉を、必死に抑え込む。
『はい。貴方の改心により、運命に重大な歪みが生じました』
自称・神は淡々と告げる。
まるで、計算式のエラーを指摘するかのように。
『本来、この世界の運命は、一人の英雄によって救われるはずでした。その英雄の名は、レイジ=ヴォルフ』
「レイジ……?」
『彼は、貴方という悪逆非道な貴族に虐げられ、大切なものを奪われ、絶望の淵から這い上がることで覚醒する……そういう運命でした』
なんだ、そのゴミみたいな運命は。
俺はもう悪逆非道なんかじゃない。レイジからも何も奪わない。
『それは困ります』
なんでだよ?
『貴方に、在るべき世界をお見せしましょう』
神が指先をこちらに伸ばした。
いや、伸ばしたのは糸だった。爪の先から一本の細い糸が伸び、俺の頭蓋に繋がる。
瞬間、俺の脳味噌に無数の映像が流れた。
ただの映像ではない。聴覚、触覚、味覚……五感の全てがこれを一つの現実であると告げている。
なんだこれは。
なんだこれは!?
「あああぁあぁああぁああぁああああぁあぁああぁああぁあああぁああぁああぁああぁああぁあぁあああぁああぁああぁああぁああぁああぁぁ――ッ!?」
流れてくる。
濁流の如く、情報が――――ッ!!
濃紺色の長髪を垂らした男がいた。彼の名はクロード=フォン=アインハルト。アインハルト公爵家の嫡男である。
彼は年下のメイドを殴った。その日の夕食では料理人に向かって皿を投げつけた。父が咎めても聞く耳を持たない。
「あぁああぁあああぁああぁああぁああぁあぁああぁあああああぁあぁああぁあああぁああぁあぁあああぁああぁああぁああぁああぁああぁぁ――ッ!?」
婚約者のセレスティアが、クロードの振る舞いを責めた。彼はそれが気に入らず、セレスティアの頬を叩いた。それでもセレスティアの目はクロードを批難し続けた。
気に入らなかった彼は、セレスティアの顔を魔法で焼いた。
焼け爛れたセレスティアの顔を見て、クロードは嘲笑った。
「あああぁああぁぁあああぁああぁああぁああぁああぁああぁああぁあああぁああああぁああぁあぁあああぁあぁああぁああぁあああぁあぁぁ――ッ!?」
悪逆非道を極めるクロードに、遂に一人の少年が立ち上がった。
彼の名はレイジ=ヴォルフ。ただの平民だったはずの彼は、何度もクロードと相対し、ぶつかり合い、その度に成長していく。
やがて。そう、やがて――レイジは覚醒する。
燃え盛る戦場で、レイジは聖剣を振るった。その瞳には凄まじい覇気が宿っている。敵の軍勢を単身で切り伏せ、強大な邪神に立ち向かう姿は、まさに英雄そのものだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……っ」
情報の濁流が止まる。
俺は息が荒れたまま、神を睨んだ。
「……これが、レイジ?」
『はい。在るべき世界の彼です』
レイジは傷だらけになりながらも、決して膝をつかなかった。
その背中には、守るべき人々への愛と、悪に対する激しい怒りが燃え盛っている。
……かっこいいな。
俺が憧れ、目指そうとしていた正義の体現者がそこにいた。
これなら俺でなくてもいい……そう思ってしまうほど、未来のレイジはかっこよかった。
「……お前の言いたいことは、よく分かった」
前世の記憶を思い出す。
在るべき世界のクロード=フォン=アインハルト。この男のポジションを俺はよく知っていた。分かりやすい悪役で、未来の英雄と敵対していて、勧善懲悪の肥やしになる噛ませ犬。
「俺は………………踏み台だったわけだな」
神は否定も肯定もしなかった。
慈悲のつもりか?
そんなことしたって、やるせなさが増すだけだ。
『前世を思い出した貴方は善人になりました。その結果、レイジ=ヴォルフは試練を与えられず、怒りを知らず、このままではただの凡人に育ちます』
未来の情報が送られる。
瓦礫の山が積み上がっていた。
いや、これは……国の跡か。
そう遠くない未来。世界を混沌に陥れる、邪神が誕生する。
これは、誰も邪神を倒せなかった世界。俺も、チェサも、父も、セレスティアも、レイジも……皆が死んでいる未来だ。
『これが、貴方の選んだ未来です』
言葉を失った。
俺が良かれと思ってやったことは、全て裏目に出るというのか……?
「……邪神を倒せるのは、レイジだけなのか?」
『その通りです。世界で唯一、彼だけが聖剣の真なる力を使えます』
これは強さの問題ではない。資格の問題なのだ。
レイジだけが、世界を救う資格を持っていた。
嘘だ、とは言えない。
感覚で分かる。これは真実なのだと。無数の分岐、無数の可能性、そしてその果てにある確定した未来。まるですごろくの盤面を見下ろしているような、神の視点……。
『私の感覚が貴方に浸透したようですね。副作用ですが、これを貴方への加護にしましょう。……《
神の姿が薄れていく。
灰色の世界に亀裂が走り、元の色彩が戻り始めていた。
『クロード=フォン=アインハルト、貴方の運命は二つに一つです。愛する者たちと共に滅びるか。それとも――彼らに嫌われ、蔑まれながら、世界を救うか』
ふざけるな……。
そんなの、選択の余地がないだろ……。
俺が善人である限り、レイジは覚醒しない。
そのせいで世界は滅びる。
未来を変えるには……一つしかない。
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