第15話 ダンジョンの奥に入る。サキュバスの奥にもお届けする。

 リリとペアでギルドの仕事を始めてから数日。

 今日もギルドから新しい依頼を受けて、町から少し離れたダンジョンに向かっている。

 地下遺跡に自然発生する魔力結晶を集めて持ち帰る、比較的安全な依頼だ。


「レイジ様、ギルドに指定された量を採集完了しましたね」


「今回は遺跡の奥まで探索しておこう」


 本来であれば、『魔力結晶の採集』でダンジョンの奥まで入る必要はない。

 しかし、リリの宿代や蓄えも必要なので探索を続けることにした。


 入り口の近くに比べると危険だが、追加報酬が期待できる。


「これまでは慎重に、すぐ探索を終えていましたのに」


「リリがいるおかげで探索の効率が上がっているからな。すごく助かる」


 この数日で、魔族であるリリは魔物から敵と認識されないことが分かった。

 ダンジョンの奥を探るのにはぴったりだ。


 俺たちは遺跡の奥に進む。

 リリが先に部屋の中に入って報告してくれる。


「この部屋にはスライムとジャイアントラットしかいませんね」


 魔物からはリリの姿が見えているはずだが、攻撃してくる気配はない。


 強敵がいないとわかった俺は、部屋に入って素早く魔物を蹴散らした。

 モンスターが丸見えも同然な状況で楽に探索を進められる。

 もし見慣れない敵がいたら引き返せばいいだけだ。


「遺跡の宝物などは……もう持ち去られているようですね」


「まあ、そうだろうな」


 遺跡に眠る貴重品などないけれど、落胆することもない。

 ここは初心者向けダンジョン。

 数百年も前から他の冒険者に調査され尽くしている。


「モンスターのドロップアイテムが得られれば、それでいいさ」


 ダンジョンの奥には“ちょっと強い”雑魚敵が出現する。

 そいつらの持つアイテムをギルドに引き取ってもらえば、それなりの金になる。


 初心者パーティであれば地下3階まで安全に行けると言われているが、俺たちはさらに深くまで進む。


 ◇ ◇ ◇


 半日ほど探索し、ダンジョン内で休憩する。

 俺は荷物を下ろして、リリと共に持参した食料を口にした。

 奥まで探索するとなると長丁場なので食事も必要になる。


「よし、それじゃ休憩終了だ」


「あの……食事のことですが」


 リリが周囲を見回す。

 休憩前に安全を確保したのでモンスターの気配はない。

 まだ食事が終わっていないとばかりに、こちらを見つめてくる。


「別の食事も必要ってことか」


「あ……はい」


 リリが頬を赤らめる。


「レイジ様の気が進まなければ町まで我慢します」


「スキルを使うだけだから大丈夫だ」


 俺はリリを壁際に導いた。

 リリがスキルの影響で転んだりしないようにしておこう。

 魔族は擦り傷くらいすぐに治るようだけど、痛々しい姿にはしたくなかった。


「壁に手をついて自分の身体を支えておいてくれ」


「はい、こうでしょうか」


 リリがこちらにお尻を向ける姿勢になる。

 うおっ、思ったよりエr……煽情的せんじょうてきな光景になってしまった。


「レイジ様、後ろからですね?」


 リリが壁に手をついて、俺の方を振り返る。

 弾むような声は、これから味わう感覚に期待しているかのようだ。

 その姿は妖艶で、サキュバスとしての魅力が溢れていた。


「それじゃいくぞ、『夜王の魔弾』」


 俺はスキルを使い、背後からリリに精気を注ぎ込む。


「んっ……」


 リリが甘い声を漏らす。

 膝ががくがくと震えて、臀部が揺れるのが見えた。


「ああ……レイジ様……」


 周囲の空気が熱を帯びたような気がした。

 湿り気を帯びたリリの香りを感じて俺の心拍も早まる。

 リリが魅了スキルを使っているわけではない。

 俺はただ単に……魅せられていた。


「もっと……もっとください、もっと奥にぃ」


 リリが切ない声で懇願する。

 奥ってどうすればいいんだ? 身体の内部にスキルの効果が届けばいいのだろうか。

 俺は彼女の要求に応えるように、スキルの出力を上げていく。


「うあ……ああああ深いっ!」


 リリが背中を反らして、恍惚の声を上げる。

 彼女の身体が小刻みに震え、俺の精気を貪欲に吸収しているのが分かった。

 そしてリリが壁に手をついていられなくなるまでの間、ダンジョンに嬌声が響き続けた。

「……こんなところか」


 脱力して息も絶え絶えといったリリに、肩を貸す。

 疲れているように見えるが、彼女は精気を吸収することで力が補充されているはずだ。


「私はまた、強くなっているようですの」


 ここ数日で、人間と夢魔では強くなる条件が違うと分かった。


 未熟なサキュバスだったリリはステータスが高まり、身のこなしもよくなっていた。

 本来なら男を何人も絶頂死させなければ得られない量の精気を吸収してきている。

 そりゃ強くもなるか。


「これで悪いやつに捕まりにくくなったな」


 強くなれば、ステータスの低い魔物を従わせる『魔物使役』をリリに使える人間も少なくなる。


 リリが俺の顔を見つめてくる。


「ですが私は、強くなったことよりもレイジ様のお役に立てる方が嬉しいのです」


 最近の冒険では俺とリリの連携が上手くいくことが多くなっていた。

 強敵との戦いでも、お互いに適切なタイミングでサポートができている。


「ああ、ベテランの冒険者と一緒にいるようで安心する」


 俺の腕を掴むリリの手に力が入る。2人の身体が近づく。


「冒険者のパートナーとしてだけではなく……いえ、なんでもありませんの」


 リリは何かを言いたげだった。

 そして俺はリリの足どりがしっかりするまでの間、彼女の温もりを感じていた。



 ◇ ◇ ◇



 探索を続け、地下7階まで到達する。

 それでも初心者向けダンジョンなので、モンスターは楽勝で倒せている。


「次がこのダンジョンで最後の部屋か」


 グレーのタイルに囲まれた通路が奥の部屋へと続いている。

 これまでとは違った雰囲気なので、特別な場所なのだろう。


 リリが先に部屋へと入っていき、偵察する。


「あっ……『ハイオーク』です」


 先を行ったリリがすぐに引き返してくる。

 その後ろを、豚の顔をした身長2メートルを優に超える魔物の戦士が追いかけてくる。


 リリの、『魔物同士なら見つかってもスルーされる』性質には例外もある。

 ゴブリンやオークなど、人間の女性を好んで襲うタイプの魔物は、リリを見ると興奮して積極的に向かってくるのだ。


「オンナダ! ブギャー!」


「オソウ! ブギャー!」


「ツカマエル! ブギャー!」


 3体の巨大な豚の怪物が、石鎚を手にして床をずしずしと踏み鳴らして駆けてくる。

 リリによると夢魔フェロモンに引き寄せられているとのことだ。


 ハイオーク達はリリに夢中で、俺の近くまで来ても気づかない。

 俺は余裕をもって強力なぶん殴りスキルを使う。


『ベアナックル』

「ブギャッ!?」


 ハイオークはD級の魔物で、3体もいると弱い初心者パーティを全滅させられる程の脅威だ。

 だが、かつて戦ったメガデスナイトに比べれば大したことはない。


『ベアナックル』

「ブヒョー!?」


 既に2体のオークからは力が抜け、巨体が地面に倒れようとしている。


「ナンダ!? コイツ!?」


 仲間が攻撃されたことに気付いたハイオークが石鎚を構えようとする。

 だが、もう勝負は決まっている。


『ベアナックル』

「ブタバラッ!?」


 ハイオーク達はK.Oノックアウトされたボクサーのように崩れ落ちて、紫色の煙になって消えていく。

 石鎚が床にぶつかる音を最後に、ダンジョン内に静寂が戻る。


「お疲れ様でした。鮮やかですね、レイジ様」


「リリに引き付けられたハイオーク共が丁度よくまとまったからな」


 他の敵はいない。

 俺たちは奥の部屋に入って、何があるかを確かめてみることにした。


 財宝などが入っていたらしい豪華な箱がいくつか、開いた状態で朽ちかけている。

 過去に探索されてから、かなりの時間が経っているようだ。


「予想通りですが、何もありませんね」


「まあ、初心者の腕試しに使われるようなダンジョンだからな」


 このダンジョンを登山で例えるなら、ハイキングのための低い山くらいの難易度だ。

 ずっと昔に調べ尽くされていて、今では珍しい財宝を目当てに来る者などいない。

 開いた宝箱の装飾さえ剥がされて大部分が無くなっている。


「調べても何もないですね」


「冒険者が捨てたゴミくらいだろうな」


 でも、帰る前に……。

 初心者向けとはいえ、初めて地下7階もあるダンジョンの一番奥に来たのだ。

 俺は部屋の奥に進んで、手を伸ばして壁にタッチする。


「レイジ様、何をしているんですの……?」


「特に意味は無いけど、記念だ」


 元の世界で、旅行で行った場所をSNSに投稿するようなものだ。

 何かしたかったというと、それだけのつもりだった。


 すると急に、部屋の中に女性の声が響いた。


『ようこそ、異世界の因子を持つ勇者。秘宝をお受け取りください』


 俺に反応したのか。

 異世界から召喚されたから……。


 行き止まりに見えた灰色の壁が、重そうな音を立てながらゆっくりスライドしていく。

 扉のように開いた壁の奥には小部屋があった。

 誰かが先に入った形跡はないようだ。


「こんな仕掛けがあったのか」


「もしかして、レイジ様はここに来た最初の『勇者』なのでは……」


 そうかもしれない。

 この場所は遥か昔に冒険者によって探索され尽くした、初心者向けダンジョン。

 一方いっぽうで勇者は全員がSランクスキルを持っていて、最初から強い。


「ここにわざわざ寄る勇者なんていなかったってわけか」


 それに、勇者は召喚されてすぐ魔王と戦う最前線に向かうと聞いた。

 この遺跡には、いつまで経っても勇者が来なかったのだろう。


 俺たちは小部屋に入って様子を見る。なんの気配もせず静かなものだ。


「罠も無いようだな」


 中央には台座があり、その上にテニスボール程の大きさの宝石があった。

 薄く黄色みがかっていて、LEDのような光を瞬かせている。


「リリにはこれが何か分かるか?」


「私も見たことがありません。何かの素材のようですが……」


 滅多に手に入らないレアなものなのかもしれない。

 とはいえ初心者向けダンジョンにあったものなので、期待しすぎるのもよくないけれど。

 部屋を隅々まで調べてみたが、今度こそ他には何もないようだった。


「この宝石の取扱説明書とかねえのかよ……」


 何に使うか分からないものを渡されても、困る。

 勇者だけが入れる場所にあるなら重要なアイテムかもしれず、迂闊うかつに手放すこともできない。


「超強い剣とかなら分かりやすかったんだけどな」


 でも、何もないよりはマシかもしれない。

 気分的には記念品を貰ったつもりで、正体不明の宝石を道具袋にしまい込んだ。



 ◇ ◇ ◇



 俺たちはダンジョンを出て、町にあるギルドへと戻った。

 十分な量の魔力結晶を採集しているので、いつものように報酬を受け取る。


「お疲れ様でした」


 受付でリセルさんが笑顔で迎えてくれる。


「おふたりとも、息の合ったペアの冒険者といった感じになりましたね」


「そ、そうでしょうか……?」


 リリが嬉しそうに頬を染める。


「ええ、見ていてとても微笑ましいです」


 リセルさんは、男女のカップルを見るような目で俺たちを見てくる。

 少し照れくさくなる。


「リリの滞在許可証の発行を急がなきゃならないからな」


 ずっと一緒にいるのは、魔族であるリリが許可証無しに町を1人で歩けないからだ。

 俺はミナのパーティのメンバーだから、彼女たちが活動を再開したら合流することになる。


「リリさんの滞在許可の件ですが、このペースであればあと1週間ほどで発行できますよ」


「大丈夫そうでよかった」


「ですが、気を付けてください」


 リセルさんの表情から急に柔らかさが消え、真面目な顔つきになる。


 ……もしかして大丈夫じゃないのか?


 人類と魔王軍が戦争をしている状況なので、魔族は人類の敵ということになる。

 突然「事情が変わった」などと役所に言われることも有りえる。


「何か問題があるのか?」


 俺はリセルさんに訊ねた。リリも少し不安げだ。


「魔力結晶の量です。いつも依頼書に書いてあるよりも多く回収していますね」


「お金になるし、リリの滞在許可証が出るのも早そうだからな」


「レイジさん、ダンジョンの奥まで行っていますよね? 無茶はいけません」


 あ。

 そうか。


 リセルさんは俺が『つよくてリスポーン』を持っていることを知らないんだった。

 俺はギルドに登録した時のままの、レベル0でスキル無しだと思われている。


「リリのおかげで、効率よくダンジョンを探索できているんだ」


「リリさんもステータスが低かったですよ。急ぐのは分かりますが、無理をして命を落とす冒険者って結構多いんですよ」


 リセルさんは俺たちのことを心配してくれているらしい。

 俺のスキルの効果でリリのステータスが上がっていることも、もちろん知らない。


「ちょっと冒険してみたかっただけだ。これから安全な範囲で仕事をするよ」


 もう初心者向けダンジョンは楽勝なのだけれど、言わないでおくことにした。


 Aランクスキルを持っていることがギルドにばれると、王国に呼び出されて面倒なことになりそうだ。

 それに、リリのステータスが高いことを知られたら、許可証発行はっこうの条件が厳しくなる。


「ダンジョンの一番奥なんて目指さないでくださいね。初心者向けでも危ないんですから」


 リセルさんに釘を刺されてしまう。

 もう行ってきた、なんて言えない雰囲気だ。


 勇者しか入れない部屋のレアアイテムを鑑定してもらおうと思っていたのに……。


「私からは以上です。今回の報酬をお渡ししますね」


 リセルさんが硬貨の入った袋を渡してくれる。

 もしレアアイテムを渡せていたら、これが金貨の山になっていたのだろうか。

 まあ、謎の素材はいつか役に立つかもしれない。


 俺とリリは、(なるべく地味に活動していることにしよう)とうなづき合った。

 そして、無理をしていないように見える仕事を引き受け続けた。

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