あとがきへの応援コメント
その絵を見てみたいと思いました。山の中を行き交う人々。天国はいずこ。
場所が街であるよりも山中を背景にしたことで、現世離れ感と、求めても得られないものを探して浮遊している人間の人生を俯瞰的に表現できた気がします。
作者からの返信
ありがとうございます。
現在だったら、それこそ、混み合う商店街の写真をAIに読ませて「これの背景を山に、遠くに湖を、左右の建物をロッジ風に」などとプロンプトを入れるとそれ的なものを描いてくれるのかも知れませんが。
バブリィだった時代、「フィーリング」でものごとを決めるのがかっこよかった時代、青天井の空から降り注ぐ陽光…そして、そのことへのなんとはない悔恨と後ろめたさ。
たぶん、画家が自分で思っているほど根拠のないタイトルではなく、おっしゃるとおり、日々のちょっとした買い物やちょっとした集まり、友だちや恋人と会う…というような、自分で「自分は天国を求めている」と気づかない人たちの上に「天国はどこにあるのか?」という問いがかかっている、というのが読み取れるような絵なんじゃないのかなぁ、と思ったりします。
またよろしくお願いします。
編集済
あとがきへの応援コメント
作品全体から醸し出される空気がとても好きでした。人生の絶頂から地獄まで経験した人の驕りや悲哀が感じられて、隠された一枚の重みがすごく伝わりました。
インタビューに来た若い女性に対しての言葉は、自分が思いもよらないところを突かれたことへの、鋭い感受性への恐れの裏返しだったのでしょうね。それが過去のこととしてきれいに流されるのではなく、石粒のようにずっと彼の中に残り続けるだろうというのも人間らしくて切ないです。万津子や三本荘の人たちが今でも繋がっていてくれるのが何よりの幸せだと思いました。心に残る素晴らしいお話でした。
レビューを書かせていただきましたが、もしおかしなところがあったら直しますので仰ってください。
作者からの返信
深く読んでレビューを書いてくださり、ありがとうございました。
私が書いているときには、じつは、画家のほうで絵のタイトルを選んだときに、自分で思っているほど何も考えずに(「フィーリングで」)選んだわけではない、ということは考えていたのですが。
少女のほうの「鋭い感受性」という可能性はあまり考えていませんでした。
でも、こう書いていただくと、たしかに、そうだな、と思います。
彼女は彼女で、何か感じたんだろう、と、作者自身が気づきました。
そして、過去の答えの出ていない問題に、この先もずっとこだわり続ける画家自身…。
万津子たちのことも含めて、これからも何かあるんだろうな、と私も思っています。
すてきな応援コメントとレビューをありがとうございました。
またよろしくお願いします。