《第一章》呪われた騎士の来訪①
朝一番。
寝起きに鏡を見て笑顔を作るのが、ネリーの習慣だ。
【おはよう、わたし!】
ぴかぴかに磨きあげられた小さな壁掛け鏡の中に、もやもやと文字が浮かびだす。「おはよう、わたし!」と
あとに残るのは、ネリーの部屋の風景だけ。
部屋の隅に見えるのは、素敵な香りのカモミールを詰めこんだ干し草のベッド。その上には、ネリーが冬の間にちまちまと寝心地が良くなるおまじないを
窓辺にあるのは、ネリーの髪色だからと
【いっけない! どこまで読んだのかしら】
鏡にまた雲のような文字が映る。ネリーはテーブルへと駆け寄った。
そこでようやく、ネリーの姿が鏡に映る。
十七になってもすとんとした体型の彼女は、子どもの頃のワンピースを夜着がわりにしていた。そのせいか大胆に
【ええと……ああ、そう、ここだわ! 星空の向こうに飛んでいってしまった王子の心の
ほわんほわんとまた文字が、踊るような筆記で宙に浮かび上がる。
ゆらゆらけぶる、雲のような文字を生み出すのは彼女の首。
ネリーはいつだって、カメオが揺れるライラックのチョーカーを身につけている。カメオには
文字通り頭がないネリーの首からは絶えず雲が生まれていて、彼女が言葉を
ネリーがそれに気づかず、夢中で本を読んでいたら。
「こらネリー! 本の内容がだだ漏れだ! 楽しみにしているのにやめてくれ!」
【ごめんなさい、ラァラ!】
窓の外から怒声が響く。
ネリーは慌てて本を閉じて、窓から声の主を捜した。
二階建ての小さな家の窓からひょっこりと身を乗り出したネリー。目下の玄関に十歳くらいの赤毛の少女と大きな
少女はこちらを見上げて緑色の瞳を
【ラァラ、ちっちゃくなっちゃった?】
「うっさい。こいつが急に家に訪ねて来たもんだから、驚いた馬鹿のせいで魔法薬をひっくり返しちまったんだよ」
【驚いた馬鹿はラァラの
「それ以外に誰がいるんだ」
どうやら今日のラァラはご機嫌ななめらしい。本来のラァラはネリーと親子以上に
これ以上つっついたら、うっかり
【ラァラ、隣の方は? まさか人形師みたいに甲冑を連れているわけではないわよね?】
ネリーがラァラと一緒にこちらを見上げている甲冑に興味を示せば、ラァラが「ふん」と鼻を鳴らした。ぶかぶかな白衣の袖から、ぐいっと立てた親指を甲冑に差し向ける。
「あんたの客だよ、ネリー。そのだらしない格好をやめて、さっさと家の鍵を開けな!」
【わかりましたぁっ!】
ぴゃっと勢いよくネリーの首から雲が吹き出して、ラァラへの返事を綴る。その文字を置いていくように、ネリーは大慌てでクローゼットへと飛びついた。
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