2:小さなお姉さん
「ルルリェの言っていること、難しくてよく分からないわ」
興を失ったようにくるりと背を向けたエフューだが、もう一度振り返って、金の巻き毛から覗かせた顔には屈託ない笑みが浮かんでいた。
「わたし、これからあっちまで行かなくちゃいけないの。だから街を案内してはあげられないけど、よかったら付いてくる? 通り道なら案内できるわ」
指差す方に小高い丘があった。黄色い花を付けた枝を天へ伸ばした、大きな木が一本きり生えていて、その足元には色とりどりの花が絨毯を広げている。
大きい人、ルルリェは彼方を見遣り、ぽつりぽつりと舌の上で何かしらの言葉を転がしていた。しばらくして彼は、エフューに向き直って小さく頷いた。
「よろしく頼もう」
「いいわ。ついてきて、ルルリェ。手を繋ぎましょうか?」
小さな手を差し出したら、灰白色の瞳は何とも怪訝にしかめられた。それがエフューにはとてもとても不思議だ。
エフューにとって彼は、何も知らない新参者。迷子になったら大変だ。きちんと面倒を見てやらなければと思ったのに。
「必要ない」
「まあ、ルルリェはとってもお利口さんね。それじゃあ行くわよ」
意気揚々と丘を目指すエフューの後ろで、深いため息が溢れる。──が、ここはどこそこ、あれはなにこれ、と……張り切って街を語るエフューの声に、ルルリェの憂いは呆気なく掻き消されてしまった。
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ミレーの丘では、枝ぶりがしなるほど、たわわに黄色い花を付けたアカシアが二人を待ち構えていた。
根元には、エフューが座るのにちょうどいい大きさの石が、滑らかに撫でられた
「ルルリェはここに座って。街がよく見えるわよ」
ルルリェの尻にはちょっとばかり小さくて、座り心地が悪そうだ。謝して辞し、彼は石の隣に腰を下ろした。
見晴かす街並みは、各地を旅してきたルルリェの目には奇異に映った。くねくねと曲がりくねり、入り組んだ通りの多いこと。そのうえ勾配もデタラメで、上っては下り、下りては上ってと、やたらに坂の多い街だ。
「迷路遊びができるのよ。今日はルルリェを羊ヶ原まで連れてってあげる」
アカシアの木から花枝をもいだエフューは、石に座って、街に軌跡を描く。
「スタートはわたしの家よ。街の一番高い所に煙突が見えるでしょう? そこから
「そんなことより、お前はここに何か用があって来たのではないのか?」
「あっ、いけない! そうよ。わたし、お仕事に来たの」
エフューは黄色い花のついた枝を、宙にかざすと、楽団の
綿菓子が生み出す湿った甘ったるい風に、アカシアの澄んだ甘さが加わる。エフューが手首で小さく円を描くと、黄色い花はふるふる震えて、枝からはらはらと零れ落ちた。
──りん、りん、りんっ。
足元に咲き乱れる花の絨毯に落ち零れる花弁は、ルルリェが思いも寄らぬほど硬質な音を立てた。
摘み上げたそれは、金貨だ。
「わたしのお仕事は、みんなにお金を作るの。欲しいものはお金と交換するのよ。お金を集めるのが好きな子もいるし、なくしちゃったり使いすぎて足りなくなっちゃう子もいるでしょ? その分を作って、みんな一緒にするのよ。ルルリェもここにいるなら必要ね。あげるわ」
木から次の花枝をもいで、もう一振りすると、たちまち足元に金の花が咲く。
小さな手いっぱいに差し出された金の花を、ルルリェはぎょっとした顔で見つめた後、眉根を寄せた。
「貨幣の価値は……限られた資本を奪い合うことで生まれるものだ」
「奪う? 喧嘩はよくないわ。はい、どうぞ。ルルリェ」
ルルリェはそれはそれは大きなため息をつき、決してその花を受け取りはしなかった。
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