2:小さなお姉さん


「ルルリェの言っていること、難しくてよく分からないわ」


 興を失ったようにくるりと背を向けたエフューだが、もう一度振り返って、金の巻き毛から覗かせた顔には屈託ない笑みが浮かんでいた。


「わたし、これからあっちまで行かなくちゃいけないの。だから街を案内してはあげられないけど、よかったら付いてくる? 通り道なら案内できるわ」


 指差す方に小高い丘があった。黄色い花を付けた枝を天へ伸ばした、大きな木が一本きり生えていて、その足元には色とりどりの花が絨毯を広げている。

 大きい人、ルルリェは彼方を見遣り、ぽつりぽつりと舌の上で何かしらの言葉を転がしていた。しばらくして彼は、エフューに向き直って小さく頷いた。


「よろしく頼もう」

「いいわ。ついてきて、ルルリェ。手を繋ぎましょうか?」


 小さな手を差し出したら、灰白色の瞳は何とも怪訝にしかめられた。それがエフューにはとてもとても不思議だ。

 エフューにとって彼は、何も知らない新参者。迷子になったら大変だ。きちんと面倒を見てやらなければと思ったのに。


「必要ない」

「まあ、ルルリェはとってもお利口さんね。それじゃあ行くわよ」


 意気揚々と丘を目指すエフューの後ろで、深いため息が溢れる。──が、ここはどこそこ、あれはなにこれ、と……張り切って街を語るエフューの声に、ルルリェの憂いは呆気なく掻き消されてしまった。



 ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ✩ ⋆ ⭐︎



 ミレーの丘では、枝ぶりがしなるほど、たわわに黄色い花を付けたアカシアが二人を待ち構えていた。

 根元には、エフューが座るのにちょうどいい大きさの石が、滑らかに撫でられたおもてを差し出している。


「ルルリェはここに座って。街がよく見えるわよ」


 ルルリェの尻にはちょっとばかり小さくて、座り心地が悪そうだ。謝して辞し、彼は石の隣に腰を下ろした。


 見晴かす街並みは、各地を旅してきたルルリェの目には奇異に映った。くねくねと曲がりくねり、入り組んだ通りの多いこと。そのうえ勾配もデタラメで、上っては下り、下りては上ってと、やたらに坂の多い街だ。


「迷路遊びができるのよ。今日はルルリェを羊ヶ原まで連れてってあげる」


 アカシアの木から花枝をもいだエフューは、石に座って、街に軌跡を描く。


「スタートはわたしの家よ。街の一番高い所に煙突が見えるでしょう? そこから色硝子ステンドグラスが二つ並んだ教会を抜けて、三日月の噴水公園でくるっと回って……」

「そんなことより、お前はここに何か用があって来たのではないのか?」

「あっ、いけない! そうよ。わたし、お仕事に来たの」


 エフューは黄色い花のついた枝を、宙にかざすと、楽団の指揮者コンダクターのように優雅にしならせた。

 綿菓子が生み出す湿った甘ったるい風に、アカシアの澄んだ甘さが加わる。エフューが手首で小さく円を描くと、黄色い花はふるふる震えて、枝からはらはらと零れ落ちた。


──りん、りん、りんっ。


 足元に咲き乱れる花の絨毯に落ち零れる花弁は、ルルリェが思いも寄らぬほど硬質な音を立てた。

 摘み上げたそれは、金貨だ。


「わたしのお仕事は、みんなにお金を作るの。欲しいものはお金と交換するのよ。お金を集めるのが好きな子もいるし、なくしちゃったり使いすぎて足りなくなっちゃう子もいるでしょ? その分を作って、みんな一緒にするのよ。ルルリェもここにいるなら必要ね。あげるわ」


 木から次の花枝をもいで、もう一振りすると、たちまち足元に金の花が咲く。

 小さな手いっぱいに差し出された金の花を、ルルリェはぎょっとした顔で見つめた後、眉根を寄せた。


「貨幣の価値は……限られた資本を奪い合うことで生まれるものだ」

「奪う? 喧嘩はよくないわ。はい、どうぞ。ルルリェ」


 ルルリェはそれはそれは大きなため息をつき、決してその花を受け取りはしなかった。




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