第18話 古代魔法「支配紋章」

神の軍勢が光の階段を下りてきた夜、

アーカディアの空は白と黒が交錯する異空の裂け目となっていた。

雷鳴を伴う閃光が次々と降り注ぎ、地上の魔導塔が次々と破壊されていく。


奈落城から派遣された闇騎士団が防衛線を展開していたが、

彼らの剣が触れるより早く、聖なる光の矢が夜を切り裂く。

人間も魔族も、神の“使徒”には為す術なく散っていった。


アーシェが翼を広げ、紅い流星のように空へ舞う。

槍を構えて竜人の咆哮を上げると、炎と金属の衝突音が響いた。

「空を塞げ! 奴らを降ろすな!」


だが光の矢は無限に再生する。

使徒たちの身体は人ではなく、光と祈りの集合体。

倒しても分裂し、祈りの言葉を連ねながら再び実体を得る。


地上でルディウスは一歩も動かず、その光景を見上げていた。

イルミナが制御機構を操作しながら叫ぶ。

「エネルギー反応が異常よ! このままじゃこの都市が――!」

「心配いらん」

低く静かな声。

彼の周囲に漂う魔力の空気が、わずかに色を変える。


それは「熱」でも「光」でもない。

むしろ世界そのものを“拒絶”する感覚。


「神に属する力の構造は、既に解析した。

今度は“書き換える”番だ」


全身を包む魔法陣が浮かび上がり、

それが回転を始めると、空に散っていた光の残滓が集まり出す。

神の軍勢はその異変に気づいたが、既に遅かった。


ルディウスが右の掌を空へ突き出した。

「古代魔法、支配紋章ドミナ・コード――発動」


瞬間、世界が“停止”した。

時間が止まったのではない。

世界そのものが、ルディウスという存在に“従属”したのだ。


空で羽ばたいていた使徒たちが、一体、また一体と地上に降り立ち、

光の鎧を脱ぎ捨てるように跪く。

頭を垂れ、誰一人として動けない。


リシェルがその光景を信じられぬ目で見つめた。

「……何、これ。まるで全員、彼に跪いてる……」


ルディウスは静かに息をつく。

「これが“支配紋章”。神代の記録に記された最初の魔法。

創造主が世界に法を刻むために用いたもの。その原典を、俺が再現した」


イルミナが計測装置を見て絶句する。

「天界との魔力干渉が……消えていく……! あなた、まさか……神界の回線を遮断してるの!?」

「遮断ではない。再結線だ。

奴らの信仰構造を、俺の理に接続し直した。」


ルディウスの言葉に合わせ、

倒れた使徒たちの瞳がゆっくりと開く。

それはもはや神を信ずる光ではなく――“命じられる側”の色だった。


「これで、神の命令は届かない。

お前たちの神は今、俺の中に“情報”として存在する。」


アーシェが驚愕の声を上げた。

「世界を“乗っ取る”だと……そんなことが本当に……!」

「可能だ。神々は世界を“書いた”。

ならば、同じ筆で書き換えれば、それは俺のものになる。」


彼の背後で、空がうねる。

光が黒に変わり、聖なる階段が崩壊していく。

代わりに、ルディウスを中心として新しい紋章が地平線まで刻まれていった。


光の陣は拡大を続け、世界そのものを一つの“魔法陣”に変えていく。

イルミナが小さく呟いた。

「理論上、不可能のはずだった……。

神々が天地を創った時と同規模の情報量を、たった一人で処理している……!」


ルディウスが目を閉じる。

「小手調べだ。これで天からの干渉は完全に断った。

あとは、神そのものを地に引きずり降ろすだけだ。」


彼の言葉に呼応するかのように、神々の残像が空に現れる。

かすかに声が届く。

“愚かなるもの、なぜ理に逆らう”


ルディウスは微笑した。

「理とは命じるものではない。

それは“理解する者”が選び取るものだ。」


支配紋章が完全に展開され、光が世界を包み込んだ。

紋様は地上だけでなく、空をも覆い、星々でさえその軌道を微かに変える。

この瞬間、神が創った三つの領域――天界、地界、奈落界が同一の座標上に重なった。


「……世界が……ひとつに……!」リシェルが叫ぶ。

アーシェは槍を握り、風圧に抗う。

「この力、まるで天地が呼吸しているみたいだ……!」


イルミナが分析を続けながら言う。

「融合と同時に、均衡が破壊されている。このままだと全領域が不安定化して――」

「問題ない」ルディウスが遮った。

「新しい法が必要なら、俺が創る。」


支配紋章の中央に、彼の足元から黒と金の光柱が上がる。

その中でルディウスは静かに呟いた。

「神々の信仰を奪うことは、信仰を滅ぼすことではない。

新しい“意志”を植えつけることだ。」


目を開いた。

その瞳は完全に黄金と紅が交わり、左右別々の色が世界を映す。


「これが“創王(ジェネシス)”の視界か……。

上から見るのは退屈だが、下から世界を見上げるのも悪くない。」


仰天する仲間たちを背に、ルディウスは虚空を指さした。

「降りてこい、神よ。――次はお前の番だ。」


その声に呼応するように、裂けた空の奥から光が迸る。

それは徐々に人の形を取り、やがて巨大な影が浮かび上がった。

幾千もの翼と、無数の瞳を持つ存在――原初の観測者セラフィル


リシェルが呻くように叫ぶ。

「まさか……神そのもの!?」


“汝が闇を統べ、光を穢すならば

我が身を器として再び天秤を正す”


地が裂け、空が溶けるように崩れる。

ルディウスは構えるように掌を上げた。

その背後では、彼が作り出した無数の支配紋章が光り輝く。


「神が秩序を掲げるなら、俺は混沌を以て応じてやる。

どちらかが滅ぶまで――この支配権を懸けて。」


雷と風、炎と氷が舞う中、神と魔王の視線が交わる。

天地を覆うほどの魔力衝突の予兆が、世界を震わせた。


イルミナが呟く。

「これが、歴史を塗り替える戦いの始まり……」


空が裂け、大地に光の影が落ちた。

その中心に立つ一人の男。

魔王でも神でもなく――新たな理を背負う者、ルディウス・グラント。


彼の一言で、世界の均衡は完全に終わりを告げた。


「――古き秩序よ、従え。これよりの王は、俺だ。」


轟音がすべてを包み、

光と闇の戦が始まる。


(続く)

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