ダンジョン最下層まで配達時間15分です。〜「速度維持」しかできないと追放された元配達員、伝説の魔改造バイクで壁を走りボスを轢き逃げして「世界最速」の英雄へ〜

いぬがみとうま

第1話:お待たせしました、配送完了です

「――終わったな」


 A級探索者パーティ『銀翼の騎士団』のリーダー、アルガスは、折れた長剣を杖代わりに吐き捨てた。


 場所は、A級迷宮『凍てつく廃都』の地下四十八階層。

 本来なら、彼らほどの精鋭が遅れをとる場所ではない。だが、不運が重なった。想定外の魔物暴走モンスター・ハウス、そして不慮の事故による、ポーションを詰め込んだマジックバッグの紛失。


 目の前には、五メートルを超える巨躯を誇る氷結の番人――フロスト・ガーディアンが、その巨大な氷の棍棒を振り上げている。

 背後には、魔力切れで膝をつく聖女と、重傷を負った仲間たち。

 救援を呼ぼうにも、地上からここまで最短ルートを「歩いて」も三日はかかる。

 あと数秒で、彼らの輝かしい経歴は、誰に知られることもなく深い闇に消えるはずだった。


 ――その時だ。


 絶望に満ちた静寂を、ありえない「音」が切り裂いた。


 ――ギュオオオォォォォォォン!!


 それは、ダンジョンには存在するはずのない、金属が咆哮するような甲高い音。

 アルガスが呆然と顔を上げた。

 音の主は、背後の絶壁――垂直の壁を、一条の光となって「駆け下りて」きていた。


「な……壁を、走って……!?」


 暗闇を切り裂く強烈なのツインライト。

 二輪の車輪が火花を散らし、氷の壁を垂直に捉えている。重力などという法則は、その速度の前では無力だと言わんばかりに。


 光の塊は、アルガスたちの頭上を飛び越えた。

 巨大な放物線を描き、氷結の番人の顔面をタイヤで「踏み台」にして着地する。


 ドォォォォン!!


 凄まじい着地音。舞い上がる氷塵。

 その中心にいたのは、黒いフルフェイスヘルメットを被り、泥の跳ねたライディングジャケットに身を包んだ男。そして、魔石エンジンの熱気を吐き出す、見たこともない無骨なオフロードバイクだった。


 男はエンジンの回転数を一度上げ、アイドリングの鼓動を響かせながら、倒れ込む聖女の前にバイクを滑らせた。


「……注文、受領。ヘルメス・エクスプレスだ」


 機械的な声がヘルメット越しに響く。

 男は、バイクのリアキャリアに固定された堅牢な保冷ボックスを解錠した。


「指定の商品、最高級エリクサー一個。配送先、地下四十八階層、聖女エレン様。……間違いありませんね?」


「え、あ……は、はい……」


 聖女が呆然と頷く。

 男――速水カケルは、手際よくガラス瓶を取り出し、彼女の手のひらに握らせた。

 その瞬間、アルガスが叫んだ。


「貴様が配達人……か! ここはA級迷宮の最深部だぞ! ふざけた格好で――後ろを見ろ! 番人が起き上がるぞ!」


 氷結の番人が怒り狂い、棍棒を振り下ろす。

 だが、カケルは振り返りさえしなかった。


「業務の邪魔だ。シズク、換装シフトしろ」


了解ラジャー! 空気圧調整、対魔衝撃波、展開!』


 カケルの耳元に仕込まれた通信機から、少女の快活な声が弾ける。

 カケルが右腕のスロットルを一気に捻った。


「スキル発動――【デリバリー・ハイ】」


 カケルの視界が、青白く変色する。

 世界が止まって見えた。

 振り下ろされる棍棒の軌道、飛び散る氷の破片、風の流れ。そのすべてが、彼にとっては「回避可能な道」という名のグリッド線に書き換えられる。


 ギュオォォォン!!


 フロントタイヤが浮き上がる。

 カケルはウィリー走行のまま、振り下ろされた棍棒の「側面」を駆け上がった。

 物理法則を無視した挙動。そのまま番人の腕を走り抜け、巨大な肩をジャンプ台にして、カケルは再び空中に舞う。


 空中でバイクを反転。

 後輪が番人の後頭部にクリーンヒットする。

 ただの衝撃ではない。シズクが仕込んだ魔力衝撃波が、内側から番人の核を揺さぶった。


 ドガァァァァァァァン!!


 氷の巨像が、文字通り粉砕される。

 カケルは流れるような動作で着地し、何事もなかったかのようにアルガスたちの前へ戻った。


「配送完了。……ああ、代金はギルド振込でいい。それと、受領のサインをここに」


 差し出された端末に、アルガスは震える指でペンを走らせる。

 カケルはそれを確認すると、短く頷いた。


「では。急ぎますすので、これで」


「待て! 貴様、まさか一人で地上に戻るつもりか!? この階層にはまだ――」


「地上?」


 カケルはヘルメットのシールドをわずかに上げた。

 そこから覗く瞳は、驚くほど冷静で、そして退屈そうだった。


「いいえ。次の配達は、地下六十階層――未踏領域ですので」


 カケルがアクセルを開く。

 ブラック・ヘルメスが、再び咆哮を上げた。

 今度は壁ではない。底の見えない大穴――奈落へと向かって、彼は迷いなくダイブした。


「じゃあな。……ああ、レビューは星五つで頼むぞ」


 残されたのは、粉砕されたボスの残骸と、奇跡的に命を救われたパーティ。

 そして――。


「……ねえ、アルガス様。あれ、撮ってた?」


 聖女が震える手で指差したのは、カケルのバイクの尾灯を追いかけて浮遊していた、中継用の魔導ドローンだった。


 その時、地上のSNSダンジョン・ライブでは、一つのハッシュタグが爆発的な勢いでトレンドを埋め尽くしていた。


 #世界最速の運び屋

 #ダンジョンでバイク

 #配送時間15分

 #絶対配送


 視聴者数、一千万人突破。

 魔力ゼロと蔑まれ、ギルドを追放された一人の「配達員」が、世界の常識を轢き殺した瞬間だった。


    *


 奈落を時速百五十キロで自由落下しながら、カケルは通信機を叩いた。


「シズク、今の配達なんだっけ? どこだっけ?」


『次の注文は、ちょっとヤバいよ』


「ヤバいの?」


 カケルが空中でバイクの姿勢を制御し、壁面に着地する。

 タイヤが岩肌を噛み、猛烈なGが全身を襲う。


『依頼主は「政府直轄・対災局」。商品は「神殺しの矢」。……届け先は、神話級レイドボスの間だってさ』


 カケルは一瞬だけ絶句し、それからヘルメットの中で口角を上げた。


「……納期は?」


『十分以内。間に合う?』


「訊くまでもない。俺を誰だと思ってる」


 カケルは、魔改造されたエンジンのリミッターを解除した。

 ブラック・ヘルメスのマフラーから、青白い炎が噴き出す。


「注文があるなら、地獄の果てまで届けてやるよ」




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