3. 春 2-C 橋本 静

掲示板の前、人だかりの端っこで足を止めた。


「……2-C、か」


 必要最低限だけ声に出す。

 クラス替えで驚くことなんて何もない。

 誰と同じクラスでも、別に影響はない。


 ——と思った瞬間。


「ボケ!?いや待って、それ時間じゃなくて距離!

 100万光年は距離だからね!?俺そんな遠いのーー!?」


 騒ぎを割るような大声。

 ちらっと横を見ると、なんかテンションの高い男子と、その横で淡々と毒を吐くギャルっぽい女子。


(……うるさ。あれも同じクラス?

 静かにしてくれると助かるんだけど)


 期待はしない。

 しないけど、せめて授業中は黙っててほしい。


     ◇


 教室に入ると、すぐ前の方で賑やかな声がしていた。


「はい並んだ並んだー!

 じゃあ笑うよー? いち、にーの――」


(え、ここでいきなり?

 準備もしてないのに……)


 カメラを向けられて固まってる高田さんが視界に入る。


(高田さん、その顔……目の開き方やりすぎ。

 力入りすぎて口、形つぶれてる……

 角度もっと下からじゃないと……惜しいな。可愛いのに)


「さんっ!」


 パシャッ。


 一秒の静寂。


 そして——爆発。


「……ぶっ!」


「え、なにこれ、やば……!」


「真奈、顔っ……!!」


 笑い声がドッと広がる。


(……だよね)


 写真は角度と力みで簡単に事故る。

 あれは“やる気出した人ほど失敗する顔”だ。

 ちょっと勿体ない。


(というか……この席うるさい。

 爆撃地かな?完全にハズレ引いた)


 はぁ、と小さく息を吐く。


(明日席替えとか勝手に決められてたらどうしよ……

 もう帰りたい……)


 その時、ポケットのスマホが震えた。


 ——ブブッ。


【あなたの写真の閲覧数が1万を超えました。】


 通知の数字を見た瞬間だけ、

 胸の奥がふっと軽くなる。


(……ふふっ)


 教室は騒がしくても、

 ここには私だけの世界がある。


(私はこの世界だけでいい。

 この世界だけ守られてれば、それで)




(……樹くん、あの人のコスプレ似合いそう)

 ちらっと前の方を見る。

 肩幅、身長、指の長さ——全部一瞬で測れる。


(身長……181センチ、体重63くらい?

 線が細いから、もう少し筋肉つけないと“戦えるキャラ”には弱いな。

 でも“魔術師系”ならちょうどいいかも……)


 ひとりで勝手に衣装のラインを想像していると——


「はーしもとさーん!!」


(……千葉くん、こっち来た。なんで)


 声が近づいた瞬間には、もう目の前だった。


「はいこれ俺のID!

 よかったら連絡ちょうだいっ。

 これからクラスメイトなんだし、よろしくねー!」


 勢いだけで押し切るタイプ。

 悪い人ではなさそうだけど、距離感ゼロ。


(え……これ、送らなきゃダメなの?

 私の秘密バレちゃう……

 ファンコミュに使ってるアカウントだし、写真も全部コスプレだし……

 絶対ムリ……)


「あ……あの……私、アプリ持ってない。ごめんなさい」


 ほぼ本能で口から出たウソ。


「えっ……」


 千葉が固まる。その横から——


「なんか地味に振られてるぞー千葉。

 強引すぎるんだよほんと。

 仲良くなる前から強制参加させんな。

 お前はいいから座れ。そして黙れ」


 希美さんが淡々と切り捨てる。


(……言い方きついけど、助かった。

 私が嘘ついたの、気付いてる。

 なのに庇ってる……いい人なのかも)


「は、はい……」

 千葉が小さくなって席へ戻る。


 その様子を見ていた樹くんが、こちらを向いた。


「橋本さん。

 クラスのグループ作るから、そこだけ参加なら大丈夫?

 強制じゃないけど……どうかな?」


(……地味にこっちの方が怖い)

(嘘ってわかってて、フォローしてくれてる……

 でも “お前持ってるよな?” の圧が……)


「あ……その、必要なら……はい……」


 曖昧に頷くと、樹くんは「よかった」と笑った。

 その笑顔がまっすぐで、なんとなく目を逸らしてしまう。


 ——ブブッ。


 スマホが震えた。


【イイねが5000を超えました。

 急上昇ランキングに載りました。】


(……ふぁっ!!やった……!)


 指先が一気に熱くなる。

 教室の声なんて全部霞むくらい、胸が軽くなる。


(やっぱりあのキャラ、私に合うなぁ……

 立ち姿も、表情も、全部今日の出来がよすぎる……

 ここにいるみんなに言ったらびっくりするんだろうけど……)


 小さく、ほんの少しだけ口角が上がる。


(ひ・み・つ♡)


 私の世界はここにある。

 誰にも邪魔されない。

 誰にも気付かれない場所に。

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