6話 信頼

 微かに動いた佐久良の瞳が、由利を射抜いた。

 反射率の高いくり色の虹彩が、欲に塗れた内面ごと由利を映し出す鏡のようで、落ち着かない。

 


「死骸回収するか」

 由利は佐久良に背を向け、本堂の屋根に飛び乗った。

 そして最初に倒した中型邪機の死骸をハネカヅラで切り刻み始める。

 


 佐久良も懐から小さな金属板を出すと、板のギアを操作する。

 すると板の中から別の板が顔を出し、畳まれている部分を広げつつ組み立てていくうちに六〇センチ四方程の箱が形を成す。

 その中に黙々と小型邪機の死骸を集めだした。



 AIとの通信が切れて停止しただけのものは、別のAIに接続されて再び動き出すことを防ぐため、きっちりと通信機を破壊しておく。

 相馬は由利を、栗栖は佐久良をそれぞれ手伝いに行く。



 モノノベは、邪機の死骸を市場に流すことで金を得ている。

 金属資源に乏しく、ただでさえ地球上に枯渇している資源を他の土地から買い取る豊かさも無いネオ南都では、

一から新しい機械を作るには邪機の死骸を鋳潰したものが材料となる。

 人間は近付くことすら出来ないナノマシンの壁だが、邪機はナノマシンの定める攻撃対象には入らない。

 AIは採取したナノマシンを用いて、新しいロボットやAIを作る。

 ナノマシンの壁には、削られた箇所を複製して元に戻る自己修復能力があるので、邪機の原料は無尽蔵だ。

 皮肉なことに、有り余るナノマシンを貴重な資源に変えてくれるという点で、邪機は人間の生活に不可欠だ。



 相馬は、由利が叩き割った死骸を箱に詰めながら、ちらちらと由利と佐久良を交互に窺っている。

 その表情は堅い。



「相馬」

「はい!」

 丁度、眼下に居る佐久良に視線を落としている時に由利から声を掛けられ、慌てて顔を上げる。

 しかし由利は、口以外は死骸の切断に集中させており、相馬の方をちらりとも向いてはいなかった。

 取りあえず、余所見を咎められたのではないらしい。


「さっきは、よう俺の考えを汲み取って動いてくれたな」

 常に堂々と自信に満ちた態度を崩さない由利の感情を読み取るのは難しい。

 しかも、命に関わる仕事をしているのだから仕方ないが、相馬の戦い方の癖や欠点を恐ろしく的確に見付けては改善するまでくどくどと耳にも腕にも覚え込まそうとしてくれるので、正直ちょっと怖い人だ。

 しかし成果を上げれば、きちんと褒めてくれる。

 戦いの最中にも、ようやった、とは言われたが、改めて褒めてくれる辺り、今回の相馬の働きぶりをいたく認めてくれているらしい。


「いえいえ……というか、由利さんこそ凄いですよ! 

 敢えて丸腰になって敵の関心を引いて、敵の銃を『固定』するなんて」

「相馬のことを信頼しとったし、もし引き金を引かれても躱す自信があった。

 それだけのことや」



 死骸を集め終えた四人はバイクの荷台に、死骸で一杯の箱を括り付ける。

 遺跡の外に自分のバイクを放置していた佐久良も、荷を積む為に境内へ乗り入れて来た。



 不意に、由利が佐久良に声を掛けた。

「なんや気付いたことでもあったんか、佐久良」

「ああ、少し」

 佐久良は眉一つ動かさず返事する。


 二人のやり取りを見て、相馬はホッとする。

 モノノベに加入する前から道場に通い由利らの指導を仰いでいたので、彼らとの付き合いは約三年にわたる。

 しかし二人が喋っているのを見たことは数える程しか無かった。

 体制転覆の共謀者二人はもしや不仲なのでは、と不安に思っていたのだが、思い違いだったらしい。




 五年前、佐久良と由利は共謀して、カルト化した自警組織『浄世講じょうせこう』を率いる蓮見はすみ小路こうじを打倒した。

 スピーカー越しに聞こえた悲痛な声、人々のどよめき――相馬もよく覚えている。


 当時は浄世講によって機械の流通が制限され、武器を所持して良いのは浄世講の構成員のみであった。

 人々の服装も、世相の暗さを反映するかのように地味だった。

 現在、ネオ南都の人々が皆武器を持ち邪機に対抗出来るのは、華やかな文化を取り戻したのは、

新人類とUsualの間に深く刻まれていた溝がほんの少し埋まったのは、由利と佐久良の功が大きい。


 ただ、佐久良はともかく由利のことを悪辣だと嫌う者は少なくなく、相馬がモノノベに入ると言うと止めようとした親戚も居た。

 しかし実際由利や佐久良と共に行動して、それは表面上の出来事に囚われた評価に過ぎないと相馬は結論付けるようになった。




「最近、大型の邪機が減っとる気がする。

 何か、今までの奴らとは違った方針を持つAIが居って……大型邪機を作る為に使われとったリソースを別のことに回しとるんちゃうか思てな」

 佐久良は荷台を見ながら言う。

 戦いの話になると、由利の中で微かに波打っていた感情は急速に引っ込み、彼は戦士の顔になる。

「確かに妙やな。

 念の為、各班に放送流したり、高札掲げたりした方が良えんちゃうか」

「俺の勘に過ぎひんけど、構へんやろか」

「ああ。佐久良の勘はよう当たる」

「せやったら、大型邪機の出現が減っているがAIが何らかの企みの備えによりロボット放出の手を休めている可能性高し、今後も油断せぬよう……とか言うとくのが無難か」

「おう」


 ボディランゲージも、表情による意味付けも無く、佐久良と由利は淡々と会話する。

 話が纏まると二人は流れるようにそれぞれの愛機に跨り、遺伝子認証で電源を入れた。



「帰ったらまた鹿島さんにホルモノイド濃度を訊くねん。

 濃ければ再出発、薄ければ今夜の狩りはお終い」

 説明している栗栖とそれを聴く相馬も、マリシテンに乗る。


 ホルモノイドとは邪機が放つ物質で、人間で言えばアドレナリンのような、攻撃性を司る成分だ。

 鹿はそれを探知し、鳴き声で濃度を、頭の向きで最も濃い方角を、頭の振り方で邪機に大型が多いか群れか否かなど細かな情報を教えてくれる。

 詰所の中庭で飼っている鹿島なる牡鹿は、足に怪我を負っていた個体を保護してそのまま住まわせているものだ。


 ネオ南都には野生の鹿が太古から多く生息しており、昔は愛護会があったらしく民家で鹿を保護するなど有り得ないことだったようだが、

そのような組織が無くなってしまった現代では鹿島のような経緯でペット化した鹿はたまに見受けられる。


「ええ……佐久良さんの言うてたこと、ほんまやったら怖いっすね。

 最近ホルモノイド濃くない日が続いとったけど、それも良えことばっかりやないんや……」

 相馬は震える声で言う。

 由利は、それにすかさず口を挟んだ。

「敵が何やら企んどったとしても、その分俺らモノノベが強うなっとったら状況は悪うならんやろ。

 腕上げるチャンスや思て、有難く狩らせてもろたら良え」



 強く在りたい。

 無能な自分なんて在ってはならない。

 叶えたい理想があるのだ――剣術や武術を完成させ、自らや大切な人を守る為の力を振るうことさえ出来ぬまま邪機に殺されていく者を減らしたいという理想が。

 たとえサプレッサーを服用出来ないSwitchであっても、理想を求め問い続ける為には疼く本能など理性で御してやる。


 そう日々自分に言い聞かせていても、溢れ出た本能がくだらない夢を見せる。

 なぜ夢の中の番が佐久良なのかは想像が付く。

 最も身近に居て尊敬出来る、由利と相性の良い加虐性の強力なDomだから――きっとそれだけだ。


 信頼し合っている仲間の姿を借りてまで辱めを望む身体に、反吐が出そうになる。

 この身は、恋にかまけていてはきっと強さを保てなくなってしまうというのに、それでもなお番を欲する。


『Kneel(跪け)』

『救いようあらへんな』

『Goodboy(良い子)』

 現実では有り得ない、少なくとも由利に向けられることは永遠に無い筈の、佐久良の無慈悲かつ甘やかな命令が、頭から離れてくれない。



 由利よりも前の方を走行している佐久良の後ろ姿は、深い闇と毒々しいネオンの中でも清廉に浮き上がって見える。

 初めて出会った時と比べると随分逞しく、冴え冴えとした美しさだ。

 そんな彼を卑しい夢に見てしまうことが申し訳ないし、認められない。


 強く在れば――理想だけを見つめ、欲望など入る隙が無いように己を律すれば、弱さに負けることなど無いし、佐久良を妄想のだしにしてしまうことも無くなっていく筈だ。


 西を向いて坂を下って行くと、星々を掻き消すかのように青白く輝くロトスが眼下に広がる。

 自分達が住んでいる町の灯りはその手前であえかに輝いている。

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