転生したら三両の値札が付いた
十八 十二
第1話 三両の値札
満月が天上に届き、人気のない通りをガス灯が照らした丑三つ時。
寝静まった商店街に一軒の店が提灯を灯した。
『式神屋・大悟堂』の看板を掲げた店の奥、見世物部屋に木枷を嵌められた十三人の転生者が並べられている。
「最後のお前、年齢と経歴」
褌に羽織姿の男が格子にもたれ、万年筆の柄を向ける。
「……金倉七大十……二十歳。大学生でした。……農学部です」
筆先が紙面を滑り、
「親方、終わりやした」
と、仁王立ちで待っていた禿頭の大男へ、格子越しに頭を下げた。
「——よし、開店だ」
その声を合図に雨戸が開き、暖簾が掛かる。
揉み手で客を待つ禿頭の大男。
暖簾下に足が見えた。
ゴツゴツと岩のようなブーツがコツンと石畳を叩く。
黒い手袋を嵌めた細い指が暖簾を捲り――。
溜息が出るほどほど、完璧に整った顔面が現れた。
青空を束ねたような髪をなびかせ、女が見世物部屋までやって来る。
凍った湖面のような青い瞳が、繋がれた転生者を右から左へ値踏みする。
そこへ接客のために近づいた禿頭の大男が声を掛けた。
「おう、江弥華か。久しいな」
七大十が無意識に彼女の名前を反芻して頭に刷り込もうとする。
「……3か月ぶりくらいか?」
凛とした彼女の声が脳味噌に染みる。
「もう、そんなに経ったか……」
禿頭が時の流れを噛み締めてから、営業の話に舵を切った。
「気になった奴はいるか」
「そうだな……」
彼女の瞳が自分のいる方に流れた。
思わず背筋が伸びる。すると耳元で、天井と木枷を繋ぐ鎖が冷や水を浴びせるように、ガチャと鳴った。
(……そうだ)
七大十は思い出す。
一緒の部屋にと約束していた修学旅行で、オレだけ別の部屋に移されたこと。
友達同士で恒例になったはずの二十歳の誕生日飲み会が、オレだけ忘れられていたこと。
誰からも必要とされない、余り物の人生。
(——いや、今はそれでいいんだ)
七大十は首を振った。
(奴隷に選ばれるより、ずっと……きっと、マシだ……)
「一番左のアレ。いくらだ?」
七大十がバッと顔を上げた。
彼女の指先が、確かに自分に向けられている。
(——待て待て。落ち着け……!)
喜ぶ自分を、冷静な自分が制止する。
禿頭が一瞬考えて、
「……十五両だ」
と提示する。
禿頭が顎を撫でつけながら女の出方を窺った。
彼女が値切る。
「三両だ」
「いやいや」と禿頭が薄く笑い、首を振る。「……十両」
「三両」
被せるように言う。
瞼を閉じて、頑として譲る気がない。
七大十が唇を噛んで、そのやり取りを見守る。
禿頭が渋面を左右に何度も振って絞り出した。
「……九……」
「三両だ」
禿頭が天を仰ぎ、両手で顔面を撫でつけた。
「五! 五両だ! これ以上は負けられん」
禿頭が突き付けた五本の指を、彼女は冷たく一瞥して
「三両だ」
と指を立てた。
「ふざけるな!!」
怒号が大気を揺らした。
首を曲げて彼女の頭上から睨み下ろし、さらに怒号を浴びせる。
「二十代の男の相場を知らんのか!?」
七大十は(やっぱりね)と自嘲する。
交渉決裂だ。
禿頭が見世物部屋の外に向かって目配せを送った。
先ほど年と経歴を聞いてきた羽織の男が見世物部屋に入ってくる。
「あれを見ろ」
禿頭が顎をしゃくった瞬間、羽織の男が七大十の服を捲った。
脇腹から横一線の切り傷が晒される。赤黒い腫れが傷口を塞いで膿が垂れていた。
彼女の視線が傷口を撫で上げる。
膿を嘗めとられたような錯覚を覚えて、背筋がゾクリとする。
彼女が禿頭の顔を見上げて薄い笑みを浮かべた。
「だから、三両だ」
店内に静寂が下りた。パキ、と天井から家鳴りが響く。
禿頭が息を吐き、噛み締めた顎の力を緩めた。
「……持ってけ」
そう吐き捨てた瞬間、見世物部屋に羽織の男と入れ替わりに別の男が入ってくる。そして手際よく枷が外され、首に木札を掛けられた。
『御契約品 金三両也』
と殴り書きの筆文字が並んでいる。
「おい」
呼ばれて七大十が顔を上げると、青い双眸がすっと細くなった。
「名は?」
「……金倉、七大十です」
彼女が小さく頷いて踵を返した。店の奥へ消えていく。
七大十も枷を外した男に小突かれて歩かされる。
男たちが出入りしていた扉を抜けて、薄暗くて狭い廊下を進む。
(選ばれた……)
七大十のそれしか頭になかった。
(オレが最初に選ばれた……)
もう一度、木札の文字を読んで頬が緩む。
転生したら三両の値札が付いた。
転生したら三両の値札が付いた 十八 十二 @1812v7iiikojiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。転生したら三両の値札が付いたの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます