第2話

「きりっとした眉毛に、海のような青い瞳。十分イケメンだよ」

カイラはグスタフを見上げて、左頬を片手で包み込んだ。女性特有の柔らかな手が、自分の顔に触れている。それだけなのに、心臓は高鳴った。

もう、キスしてもいいだろうか...

そう思った時、カイラから唇が重なった。もう我慢は出来なかった。

カイラの顔を両手で覆い、唇の奥へ舌を絡ませ、逃がさないと言わんばかりに深く、貪るような接吻を繰り返した。


「っ、ん…」

カイラの小さな吐息が漏れる。軍人として鍛え抜かれた彼の指先は、彼女の柔らかな肌を壊してしまいそうなほど震えていた。

生まれて初めて知る、酒よりも熱く、暴力よりも激しい衝撃。 規律を重んじ、己を律し続けてきたグスタフの理性が、彼女の体温と、潮風のような甘い香りに溶かされていく。

一度始まった衝動は、もう止まらなかった。 彼は息が続く限り彼女を求め、ようやく唇を離したときには、二人とも酷く肩で息をしていた。


「…すまない、私は…」

我に返り、自身の狼藉に血の気が引くグスタフ。しかし、彼の瞳はまだ熱を帯びたまま、射抜くような強さでカイラを見つめている。

「あなたが、そんな顔で…そんな風に触れるからだ。責任は、取らせてもらう」

情熱に突き動かされながらも、どこか「責任」という言葉を選んでしまう。そんな彼の不器用な誠実さが、静かな休憩室に響いた。

「しようよ」

「!」

「おいで」

キス以上のことはしてはいけない、そう思って自身を制御したグスタフ。だがカイラは、にかっとからかうように笑い、グスタフの手を取り、休憩室のベッドへ誘った。


エインヘリャルの宴が開催されている間、グスタフとカイラは時間を忘れる程、お互いを求め合った。宴開催の1週間は、結婚相手を探す大切なパーティーの為、よほどのことがない限り、自国に戻されることはない。

そして、互いの国へ戻った時。

グスタフは仕事が手につかない程、初恋の毒に侵され、カイラは通りすがりの恋を胸に秘めて今日も楽しそうに過ごしていた。


ある日の軍本部、執務室。

山積みの報告書を前に、グスタフのペンが止まっていた。 かつての彼なら、一分一秒を惜しんで軍務に励んでいたはずだ。

しかし、ふとした瞬間に、手のひらに残る彼女の肌の柔らかさや、ベッドへ誘われた時のあの「にかっ」とした笑顔が脳裏をよぎる。

(…これでは、使い物にならないな)

彼は自嘲気味に息を吐いた。

25年間、鋼鉄の規律で縛り上げてきた心に、カイラという名の猛毒が回っている。

戦場での死すら恐れなかった男が、

今は「次に彼女に会った時、何を話せばいいのか」「もし嫌われたら」という、戦略も戦術も通用しない不安に、心臓を強く握りつぶされていた。

グスタフは、カイラを「責任を取るべき相手」から、一刻も離れたくない「唯一の執着」へと書き換えてしまったのだ。冷徹なリーダーの仮面の裏で、彼は誰よりも激しく、初恋の熱に浮かされていた。


一方、カイラは今日も変わらず、海と遊び、モンスターを倒し、仲間と酒を交わしていた。

彼女にとってあの夜の出来事は、

決して「間違い」ではなかった。

グスタフの真面目すぎるほどの熱量、自分を壊さないようにと震えていた大きな手。それらすべてが愛おしく、大切に心にしまわれている。

しかし、彼女は風のような女だ。


「グスタフ様、今頃また難しい顔して書類とにらめっこしてるんだろうねぇ」

彼女は海を見つめ、少しだけ目を細める。彼が自分のことで頭をいっぱいにしていることなど、百も承知。それでも、彼女は彼を縛り付けようとはしない。彼女にとっての愛は、執着ではなく「再会の喜び」。

また次に会った時、あのカタブツな顔をどうやって崩してやろうか。そんな悪戯っぽい計画を立てることが、彼女にとっての恋の楽しみだった。

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