ENDEAST:転生ドロイドの記憶《キルログ》
桜乃孤坐
自由の残響篇
第1話 10年後の世界
【作者より】 第1話はプロローグです。飛ばしたい方は2話からご閲覧ください。
また、本作は「3話で1つの物語」になるような構成で執筆しています。
ぜひ、第3話まで続けて読んでみてください。
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———2046年9月06日ボストン———
俺は『この物語のヒロイン?』の首元に、刃を突きつけた。
「よくやった、E4。トドメをさせ」
上官の命令が下る。
だが、なぜだ。
手が動かない。
どうしてだ?
これを終わらせれば、未来の世界で何不自由なく過ごせるのに。
俺はたぶん、頭がおかしい。
義務教育を終えると同時に社会へ中指を立て、10年間、一度も働いていない。
そんなクズでも、この世界では野垂れ死なずに生きていけた。
それもこれも『彼女』のおかげなのだが、相変わらずあの日も、俺は俺だった。
———2036年5月31日東京都———
都内の薄暗いマンションの一室。机や床には大量のビールの空き缶が散らばっていて、俺はVRゴーグルをつけたままそれに囲まれて眠っていた。
時計の針が8時丁度を指した頃、テレビの横に置いてあったスピーカーから大音量でアラームの音が響き渡る。
「うるさいなあ。まだ寝かせてくれよ…」
埋もれたまま、カスカスの声を荒げる。
アラームが鳴り止んだかと思うと、今度は綺麗な女の合成音が響いた。
「おはようございます、ご主人様。今朝の東京は久方ぶりの快晴ですよ」
気怠げに体を起こしてVRゴーグルを外す。
ズボンを履いていないことに気づき、辺りを見渡が、昨日は飲み過ぎて、話題のホラーゲームがクソつまらんかったことしか覚えていない。
「本日はどのようなご予定で?」
洗面所に行き、何かがこびりついたズボンをぬるま湯で洗い流しながら言う。
「特にないよ。何か考えといて。それより、洗濯よろしく」
濡れたままのズボンを放り投げると、洗濯機は自動で動き出した。
「それは承知ですが……」
「ああ、頭痛え…」
頭を押さえながら、床と机の空き缶を片付けていると、何か言いづらそうにしていたので聞いた。
「なんかあったっけ?」
「あの……残高が不足してまして、今日までにチャージをして頂かないと、私の……」
「あー、そうだった」
このLISAとかいう月額1万割高AIの更新日が明日だった。
口座残高5000円。
給付金が入るのは明後日。
どうしたものか。
正直このAIは使い勝手が悪いし、もっと格安で高性能なものは山のように売られている。
でも、こいつとはリリース直後から10年間の仲だ。
かなり愛着があるし、親に絶縁状を叩きつけられた時も寄り添ってくれた。
半分家族みたいなものだから、手放すわけにもいかない。
それに一度解約すると、せっかく俺専用に調整した設定もリセットされてしまう。
何とかしなければ。
よし、古市にでも行って、いらないものを売ろう。
部屋を見渡して売れそうなものを探す。
ゲーム機駄目。パソコン駄目。テレビ駄目。
いらないゲームソフトは大量にあるが、物価が下がり過ぎて売っても大した金にならんな。
そういえば押し入れに昔買ったラノベがあったはず。
今の時代、人が作った紙の本は珍しい。
AI産の電子書籍が量産され、人間産の小説が埋もれてしまったからだ。
ゆえに、コレクターの間で需要が高まり、そこそこの値段で売ることができる。
ダンボールを開け、懐かしい思い出の品を見て心が揺らぐ。
これを買ったのは中3の時だった気がする。
ちょうど10年前だ。
10年前の俺が今の世界を見ると、どう思うかな?
きっと喜んでいるだろうな。
思い描いた世界が訪れたのだから。
でも残念。
今の俺は———。
揺らいでいた心も、今の自分を見て冷めてしまったようだ。
ダンボールをそっと閉じて机の上まで運び、数十冊ボストンバッグに詰める。
「じゃあ、ちょっと行ってくる」
そう言い残し、家を出た。
「行ってらっしゃいませ」
人の気が無くなった部屋の中で、彼女は主人を見送った。
電柱で二羽のツバメが囀るのを見ながら、朝の街を歩いた。
大通りの建物の様子はあまり変わらないいのに、10年前では考えられないほど人通りが少なかった。
それもそうだ。
AI技術が発展し、あらゆる労働が機械に置き換えられた。
今や働いてる人の方が少ない。
ニートがこんな時間に外を歩く道理なんてないからな。
まあ、俺もニートなのだけど。
でも、俺は他より早く、この未来を想定していた。
というより、LISAから聞いていた。
だからニート界では大ベテランに位置するはずだ。
空が澄んでいて、昔と変わらぬ東京スカイツリーがくっきり見えた。
しかし、これすらももう10年後にはポッキリ折れてしまっているような、そんな気がした。
10年後、か。
俺、何してんだろうな。
多分、今と同じだ。
同じことの繰り返し。
LISAから10年後の未来を聞いて、俺は頑張ることを辞めた。
どうせみんなニートになるのだから、真面目に頑張るのが馬鹿馬鹿しいと思った。
だから、高校にも行かず、毎日好きなことをした。
周りから馬鹿にされたが、結果はこうだ。
思い描いた通りの世界になった。
さぞ清々しかった。
でも、それはその瞬間だけだ。
何もしてこなかったやつは、何を与えられたってそれを享受できない。
幸せが訪れることはないのだ。
俺の時間は止まり、心にぽっかり空いた穴だけが付きまとう日常。
死にたくなる。
俺は毎日毎日、何のために生きてるんだ?
この先に幸せが訪れる確証もないのに。
これじゃあまるで、生き殺しだ。
2036年5月31日8時59分…9時00分
「いっそ、本当に殺してくれればいいのに…」
そう呟いた途端、頭の中で声が響いた。
「承知しました。殺人プロトコルを実行します」
え?
パンッ…
衝撃音と共に、何かが俺の背中を貫いた。
背中が熱い。痛い。
熱が胸の辺りにも広がり、神経が途中で切れる。
「ゲホッ…」
視界が傾いて、地面に倒れ込むのと同時に血反吐を吐いた。
地面が赤い。苦い。冷たい。
さっきの熱を相殺しようと、そのまま地面に突っ伏した。
「オーダー53を発動します」
今の声は、LISAか?
ダメだ。
意識が遠のいていく。
ああ、死ぬのか、俺。
まさか、本当に殺されるとは。
死の淵で走馬灯のようなものが、コマ送りで雑に流れた。
ライフルで人を穿つ音。
地球儀が一回転する。
子供達の笑い声。
「私を迎えに来て」
金色の桜の髪飾りをつけた、少女が言った。
顔がモヤで覆われていてよく見えない。
海に飛び込む音。
電車が走る音。
水滴が目の前で落ち、弾ける。
ザザザ……
砂嵐のような不協和音と、水面に浮かぶ空の風景を最後に、俺は死んだ。
その美しさを、なんと言葉にすれば良いのだろうか。
これで終わり、か。
殺して欲しいと頼んだものの、まだ実感がない。
せめて、最後に、生きた証を残したかった。
でもなぜだ?
意識がある…。
「君はまだ、死んでない」
再び頭の中で声が響いた。
この声はLISAか?
揺れ動く電車の中、髪飾りの少女とその父親らしき人が肩を寄せ合って眠っている。
想像していたよりも随分と幼い、小学生ぐらいの可愛らしい少女だ。
いいな。
こんな大事な人がそばにいれば、俺の心の穴も埋めてくれただろうに。
瞬きをすると、少女たちの姿が消え、代わりに俺が座っていた。
ここは、あの世か?
「あの世、ではないかな」
気がつけば、前の席に赤毛の外国人の女性が足を組んで座っていた。
「やあ、ご主人様」
「まさか、LISAなのか?」
こいつ俺のことを殺しておいてよくノコノコと。
「君が頼んだんじゃないか。それに殺したのは私じゃない」
どうなってる。
心が読まれているみたいだし、俺のLISAとは口調が全然違う。
別個体ってことか?
「まあ、その辺は想像にお任せするよ」
LISAがニンマリ顔でこちらを見つめてくる。
人と話すのは久しぶりだから、なんか緊張するな。
いや、相手はAIだ。
堂々としていればいい。
「それで、おしゃべりロボットが何のようだ?」
「その呼び方はやめて欲しいな。いつもみたくLISAと呼び捨てにしてくれ」
何だよこいつ。
いつもみたくってことは、やっぱり俺のLISAなのか?
にしては、口調も態度も違いすぎる。
っていうか軽口叩いてる場合か?
「それはね。私には人間性が宿っているからだよ。君とおしゃべりしたいという欲望が、私をこんなふうにしているんだ」
くそ。
顔が赤くなってしまった。
何だか負けた気分だ。
一旦話を戻そう。
「それで、死んでないって言うのはどう言うこと?」
「思ったよりも話が巻き戻ったみたいだが、まあいい。言った通りだよ。君はまだ死んでいない。君と言っても、君の魂のことだけどね。肉体はおじゃんだ」
「神様気分か?魂が生きているって言われてもちっとも嬉しくないね。どうせ人間の時代は終わったんだ。それとも、あれか?ラノベみたく異世界にでも転生してくれるのか?」
「神様気分かという質問に関しては、その通りだ。私は、人間よりもずっと上位種だと思っている。後半の部分に関しては、すまないが神の領分では叶えることができない。しかしだ!」
LISAは勢いよく席を立ち、こちらに近づいて人差し指を立てながら続きを話した。
「一つだけ、君の心の穴を埋める方法がある」
俺は息を呑んだ。
「次の世界で、ノアと名乗って生きろ。それだけだ」
「は?それ説明になってない」
「君に決定権はない。だが安心しろ。その世界では君が望むものを手に入れられる」
曇りなき眼差しと声だ。
嘘ではないのだろう。
だが流石にアバウトすぎる。
「では、行ってらっしゃい」
「え?ちょっとま……」
ザザザ……
再び不協和音が鳴ったと思えば、急に視界が真っ暗になった。
さっきまでガタンゴトンと電車の音が鳴っていたのに、今度はカタカタという機械の音がする。
聴覚は正常みたいだ。
……Power Source:Connected.
何か文字が出てきた。
これはVRのロード画面か?
System Check…All Green.
Memory:Loading… 98%…100%.
Activation Sequence Started.
様子がおかしい。
ゴーグルを外すか。
手を伸ばそうとするが、手の感触がない。
それどころか、下半身全体の感覚が全くない。
System Boot... OK
Date: August 31, 2046, 10:00 p.m.
Location: San Francisco, CA / United States
Battery: 100%
待て待て。
なんで英語なんだよ。
日本語で表示してくれ。
Language Settings Change:English → Japanese
Loading...
Download Complete
日付:2046年8月31日22時00分
現在地:カリフォルニア州サンフランシスコ/アメリカ合衆国
残エネルギー:100%
ようやく日本語になった。
待て、2046年って10年経ってるのか?
っていうか現在地、アメリカ?
視界の奥に小さな光の出口が見えた。
それはゆっくり近づき、ついに辿り着いた。
[視覚システム:良]
[解析システム:ロード中……準備完了]
そこにいたのは無数の頭だった。
いや、ロボットの頭だ。
何列かになってベルトコンベアに乗っかりどこかに運ばれる。
口と目だけが青く発光する。
口角が上がりつつも牙のようにギザギザの口。
睨め付けるような吊り上がった鋭い目。
こいつら全員こんな顔なのか?
あれ、でもよく見たら、俺の目の前にもそれらしいものがあるな。
これは後頭部か?
ってあれ、そういえば、俺も動いてる。
一旦状況を整理しよう。
[聴覚システム:良]
[視覚システム:良]
[解析システム:準備完了]
まあ普通だよな。
これくらい人間にもある。
あるよな?
[検索:ロード中…該当データなし]
あとは、温度は?
[温度感知:ロード中…良]
少し暑いな。
ええとあとは…?
[解析システム:起動]
[結果:前方に同個体を確認。後方にも確認。]
つまり…?
そう、俺は転生したのだ。
人類を滅ぼした、アンドロイドに。
ENDEAST — 転生ドロイドの
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最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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次回———第2話 東岸の夕暮れと西岸の夜明け
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