B

「藤本不二雄く~ん♡」

「!?」

 放課後、廊下を歩いていた不二雄は振り返ってびっくりした。漫画の中から飛び出して来たかのようなヤンキー女子二人が自らに声をかけてきたからである。

「ちょっと面貸してよ~」

 なおも戸惑いながら、不二雄はそのヤンキー女子たちに従うことにした。校舎裏にまで連れてこられた。不二雄は壁を背にした状態で立たせられる。

「……」

「へ~よく見ると、結構イケてるじゃ~ん……」

 ヤンキー女子の一人がややボサボサの前髪からわずかに覗く不二雄の顔を見て呟く。

「………」

「藤本不二雄くん……ちょっと調べたら、ライトノベル?で超売れてんだってね?」

  ヤンキー女子が自らのスマートフォンに表示された画面を不二雄に見せる。そこには、"若手人気ライトノベル作家"藤本不二雄についての紹介する記事が載っている。

「…………」

「まさかこんな所で出会うなんて……単刀直入にお願いするけど……お金、頂戴~♡」

 ヤンキー女子の一人が右手で小さい丸を作る。

「……………」

「ね? お近づきのしるしに~♡」

「……貴女たちのような存在は……」

 不二雄が口を開く。

「うん?」

「遠巻きに観察するなら良いが、接近はするものではないということがよく分かった……」

 不二雄は顔をしかめる。ヤンキー女子たちが顔を赤くする。

「!てめえ、ウチらが臭えってか!?」

「痛い目に遭わせてやろうか!?」

 ヤンキー女子の一人が、どこからか釘バットを取り出す。不二雄は驚きのあまり目を丸くする。

「なっ!?」

「喰らえ!」

 ヤンキー女子が釘バットを大きく振りかざす。

「うわっ!?」

 不二雄はたまらず目を閉じる。

「………………」

「ん?」

 不二雄は目を開く。釘バットが振り下ろされてこないからだ。

「あ、あれ? ……げえっ!? てめえは尾藤!?」

 釘バットを持っていたヤンキー女子が振り返ると、釘バットをがっしりと掴んでいた銀髪の女子が立っている。ヤンキー女子たちもそれなりに長身ではあるが、銀髪女子はそれよりも頭一つ大きい。銀髪女子が呆れながら口を開く。

「げえっ!? って、アタシは『三国志』の関羽かっての……」

「が、学校辞めたんじゃ!?」

「ちょっと休んでいただけだ、大事な追い込み期間だったからな……」

「追い込み期間? ……近々テストあったか?」

「さ、さあ……?」

 ヤンキー女子二人が顔を見合わせて、首を傾げる。尾藤と呼ばれた銀髪は苦笑する。

「その追い込みじゃねーよ。大体お前ら、テストなんか気にするキャラかよ……」

「う、うるせえな! てめえに用は無えんだよ!」

「そうだな……アタシも用は無えよ」

「だ、だったら……!」

「アタシがこいつに用があるんだよ……!」

「ええっ!?」

 尾藤が力を込めると、釘バットがグニャリと折れ曲がる。

「あ、ああ……」

「失せな……」

「ひ、ひえ~!」

 尾藤が睨みをきかせると、ヤンキー女子たちは足早に逃げ出していった。尾藤が笑みを浮かべて、不二雄を見る。

「邪魔な連中はいなくなった、ちょいと顔を貸してくれよ」

  尾藤に連れられた不二雄は校舎とは別の建物の一室に入る。入口には『漫画研究会』と書いてあった。

「ここは……」

「これ……」

 尾藤が鞄から取り出した紙の束を不二雄に渡す。

「え? ……ま、漫画の原稿?」

「よ、読んでみてくれ」

「き、君が描いたの?」

「そ、そうだよ、悪いか?」

「い、いや……」

「……F組の担任から、アンタが来ることは聞いていてよ。まさか超売れっ子ライトノベル作家がこの学校に来るとは……しかも本名で活動してんだな……」

「ペンネームを考えるのが面倒だったんでね。他の理由もあるっちゃあるけれど……」

「……SNSを見たところ、最近は漫画の原作もやってんだろ?」

「まだ準備の段階だけれどね」

「ふ~ん……まあ、それはいい。プロの目から見て、アタシの漫画はどうなのか、意見が聴きてえんだ」

「……では、拝読します……」

 しばらくして、不二雄が紙の束を近くのテーブルに置く。

「ど、どうだった?」

「……漫画自体の出来は悪くはないよ。ただ……」

「た、ただ?」

「こういうコテコテのヤンキー漫画は今は受け入れられないと思うよ。コンプライアンスとかうるさいし……」

「ええっ!?」

 尾藤がショックを受ける。

「だけど……作画には目を見張るものがある」

「え……?」

「ぼくの原作で描いてみないかい?」

「げ、原作?」

 不二雄がスマートフォンを取り出して、尾藤に見せる。

「例えばだ、トライストライカーという、陸海空どこでも走れるマシンを駆る、織田、豊臣、徳川の名を冠した三人の少女が覇権を競う、『3ケツ!!!』っていうのはどうかな?」

「ぼ、暴走族ものか!」

「走り屋ものと言い換えた方が良いかな……まあ、君の好きそうなアプローチも出来る……他には、とある事情で俳優として悪役ばかりを演じることになった姉と、悪役レスラーとしてデビューすることになった令嬢姉妹のお話……『小鳥遊姉妹は諸事情により、悪役を極められることとなりました』とか……」

「あ、悪役令嬢の話か!」

「他には、アウトローの対角として、インハイのお嬢様が世の悪を断罪する、『処刑人はお嬢様』とか……」

「インハイって、普通言うか?」

「……それはともかく、他には、現代日本に転生した魔王がヤンキーだらけの高校を初め、世直ししていく、『異世界更正』とか……」

「い、異世界もの……!」

「逆に異世界の7人の悪い娘たちが、現代日本から転移した主人公の持ち込んだ7人制ラグビーを通して更正していく、『7人のラガーウーメン』とか……」

「ほ、ほう……」

「どうかな?」

 不二雄がにっこりと微笑む。

「お、面白そうだけどよ、なんだってアイデアをそんなにポンポンと……」

「……約束を果たす為にね」

「約束?」

「そう、十年前の……」

「十年前?」

「昨年、ここの漫研が発行した冊子を見てピンときた。絵はもちろん変わっているが、絵柄の癖みたいなものは変わらない……一緒にあの夏の約束を果た……」

「ああ、春休みに遊びに来ていたふーくん!」

「そう……春休み……春休み?」

 尾藤はパアっと顔を明るくする。

「いやあ、懐いな! そうか、戻ってきてくれたか! あらためて、アタシは2年B組の尾藤竜美びとうたつみ! よろしくな!」

「あ、ああ、よろしく…あ! よ、用事を思い出した! きょ、今日はこれで失礼させてもらうよ……!」

 不二雄は足早に漫研の部室を後にした。

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