第4話 乱戦
「き、貴様、反逆か!? 裏切り者がぁッ!!」
非常用警報が鳴り響く赤光の中、ガルドの裏返った絶叫が木霊した。
恐怖に引きつった顔で、彼は背後の警備兵たちへ腕を振り下ろす。
「殺せ! 撃ち殺せ! 原形を留めなくなるまで撃ち続けろぉぉッ!!」
ガルドの号令と共に、回廊を埋め尽くす数十名の警備兵が、魔導ライフルの引き金を一斉に絞った。
バババババババッ!!
乾いた破裂音が連鎖し、銃口から放たれた魔弾の雨が、イグニスとルーナを呑み込む。
逃げ場はない。回避も不可能。
だが――イグニスは、一歩も退かなかった。
「……鬱陶しいんだよ、羽虫共が」
イグニスは左腕でルーナをしっかりと抱え込むと、自身の背中と右半身を前に出し、弾幕の嵐へ向かって悠然と歩き出した。
カカンッ! キィィィンッ! ガギィィンッ!!
着弾音が、まるで鉄琴を乱打したような甲高い音色を奏でる。
鉛の弾丸は、イグニスの鎧に触れた瞬間にひしゃげ、火花を散らして床へ転がり落ちた。
鎧だけではない。兜の隙間から覗く素肌や首筋に直撃した弾丸さえも、硬質な音を立てて弾かれている。
――『魂気圧縮・金剛(アダマン)』。
体内で極限まで圧縮循環させた魂気が、彼の肉体密度をダイヤモンド以上の硬度へと変質させているのだ。今の彼は、歩く城塞そのものだった。
「な、なんだコイツは!? 撃っても撃っても止まらねえぞ!?」
「ひ、怯むな! 足だ! 関節を狙え!」
兵士たちが悲鳴に近い声を上げる。
集中砲火は激しさを増すが、イグニスにとっては小雨の中を歩くのと変わらない。熱を帯びた彼の体から立ち昇る陽炎が、銃弾の軌道すら揺らめかせているようだった。
「どけ」
イグニスが短く吐き捨て、地面を強く踏み込む。
ズンッ! と床のコンクリートが爆ぜ、鋼鉄の巨躯が砲弾のように加速した。
「く、来るぞぉぉぉッ!!」
最前列の兵士たちが慌てて防壁を展開しようとするが、遅すぎる。
イグニスは背負っていた身の丈ほどある大剣――竜の顎(あぎと)をも砕くごとき鉄塊を、片手で軽々と引き抜いた。
「吹き飛べッ!!」
ゴォォォォォォンッ!!
大気を引き裂く轟音と共に、大剣が横薙ぎに一閃される。
それは剣技というより、暴風だった。
イグニスは刃を使わず、あえて剣の『腹』で兵士たちを叩いた。
だが、その質量差は絶望的だ。
触れた瞬間に兵士たちの魔導ライフルが飴細工のように折れ曲がり、鎧ごと人間がボロ雑巾のように宙を舞う。
「ガハァッ!?」
「グェッ!」
五人、十人がまとめて吹き飛ばされ、壁に叩きつけられて沈黙する。
斬れば死ぬ。かつての同僚を肉塊に変えることへの僅かな躊躇が、彼に峰打ちを選ばせていた。
だが、それは慈悲と呼ぶにはあまりに暴力的だった。
骨がきしむ音と、鎧が砕ける音が回廊に響き渡る。
「う、うわぁぁぁッ! だ、ダメだ、近づくなッ!」
残った兵士たちが恐慌状態に陥り、我先にと逃げ出そうとする。
イグニスはその中を、まるで枯れ木を分けるように突き進んだ。
肩で体当たりをすれば兵士が弾け飛び、剣を一振りすればバリケードが粉砕される。
圧倒的。理不尽なまでの「個」の暴力。
その暴風の只中にありながら、イグニスの左腕の中だけは、奇妙なほど静寂だった。
抱えられたルーナは、目を見開いたまま、至近距離で見上げるイグニスの横顔を凝視している。
飛び散る火花。舞い上がる瓦礫。そして、それら全てを鋼の体で受け止め、自分に指一本触れさせない男。
伝わってくる鎧越しの体温は、火傷しそうなほど熱いのに、なぜかとても温かい。
「帝国兵……? どうして、あなたが……」
混乱する少女の呟きに、イグニスは視線を落とさず、前方の敵を睨みつけたまま吼えた。
「舌を噛むぞ! しっかり捕まってろ!!」
イグニスが再び大剣を振るう。
風圧だけで通路の照明が割れ、降り注ぐガラスの雨の中、鋼鉄の戦士は止まることなく突き進んだ。
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