第2話 空からの来訪者

 ズゥゥゥゥン……。


 腹の底に響く重厚な駆動音と共に、上層の搬入ドックがゆっくりと開放された。

 垂れ込める雲を切り裂き、我が物顔で降りてきたのは、殲滅将軍アンタレスの紋章――蠍の紋様を掲げた中型飛空艇だ。蒸気を吐き出しながら着陸したその鉄塊は、ドックのわずかな光さえも遮断し、周囲に威圧的な影を落とした。

 プシュウ、と減圧音が響き、タラップが下りる。

 現れたのは、将軍の直属部隊長ガルドだ。仕立ての良い軍服には塵一つなく、泥と油にまみれたこの施設とはあまりに不釣り合いだった。彼はタラップの半ばで足を止め、ハンカチで鼻を覆うと、ゴミを見るような目で下界を見下ろした。


「……臭うな。第九の『燃えカス』どもは、今日も無駄に酸素を消費しているのか」


 ガルドは靴底の汚れを気にするようにタラップを降りると、イグニスたちの前で足を止め、嗜虐的な笑みを歪めた。


「喜べ、底辺ども。本日は特上の『燃料』を持ってきた。傷一つつけんよう、丁重に扱えよ」


 ガルドが指を鳴らす。部下たちが粗雑な手つきで、一人の少女をタラップから引きずり下ろした。

 その瞬間、澱んだドックの空気が変わった。

 厳重に拘束された少女――ルーナ。

 視界を奪うための無骨な革の拘束具が、彼女の小さな顔の半分を覆っている。身に纏っているのはボロボロの実験着一枚のみ。だが、煤と埃にまみれてなお、彼女の存在は異質だった。

 夜の闇を溶かしたような銀色の髪が、薄暗い照明を浴びて月光のように輝いている。

 剥き出しの細い足は傷だらけで、足首には重い鉄鎖が食い込んでいたが、その肌は病的なまでに白く、まるで最高級の陶磁器のように滑らかだった。

 泥の中に咲いた一輪の白百合。あるいは、間違って地上に落ちてしまった星の欠片。

 その儚くも神聖な美しさは、彼女がこれから「消費されるだけの燃料」として扱われるという事実を、この上なく残酷に際立たせていた。


「おい、立て」


 ガルドが少女の銀髪を無造作に鷲掴みにし、強引に上を向かせた。

 細い首が無防備に晒され、少女が痛みに小さく声を漏らす。その反応を楽しむように、ガルドはさらに強く髪を引いた。


「見ろ、この輝きを。貴様らのような廃材とは、魂気の純度が違うんだよ」


 物言わぬ人形のように扱われる少女を見せつけたあと、ガルドは不快な粘り気を帯びた視線をイグニスへと移した。

 彼はイグニスの目の前まで歩み寄ると、その分厚い胸板をコツコツと杖で叩いた。


「おいイグニス。お前、また熱くなってるんじゃないか?」


 至近距離で嗅ぐガルドの香水の匂いが、鉄錆の臭いと混ざり合い、吐き気を催させた。


「お前のその無駄に多い魂気も、いつか将軍のアーマーに使ってやるからな。それまでせいぜい温まっておけ。……役立たずの暖房器具め」

「…………了解しました」


 イグニスは無機質に答えた。

 だが、背中で隠したガントレットの中では、拳が肉に食い込むほど握りしめられ、鋼鉄の手甲がギチリと悲鳴を上げていた。

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