第9話 鉄の牙と、見えない銃口

◼️エピソードタイトル


鉄の牙と、見えない銃口


◼️本文


 振り返ったその先にいたのは、かつてのエリスの悪夢そのものだった。


 入り口付近で対峙する俺たちと、Cランクパーティ『鉄の牙』。

 その一触即発の空気を察知し、ギルド内の喧騒が波が引くように消えていく。周囲の冒険者たちが手を止め、遠巻きに俺たちを見つめ始めた。


 リーダーの大柄な男――ガストンが、恐怖に震えながらも気丈に顔を上げたエリスを見て、下卑た笑みを深めた。

 その視線が、エリスの着ている上質な革鎧や、手に持った白い『聖樹の枝杖』にねっとりと絡みつく。


 それは以前のボロ雑巾のような格好とは比較にならない、一流の冒険者の装備だ。

 周囲の冒険者たちが、ひそひそと噂する声が俺の集音センサーに届く。


「おい、あれって『鉄の牙』の……」

「ああ、新人の荷物持ちを使い潰したって噂の」

「関わるなよ、ガストンは金に汚いからな。難癖つけられるぞ」


 誰もが彼らの悪評を知っていながら、見て見ぬふりをしている。

 ガストンはそんな周囲の空気を気にする様子もなく、さらに声を張り上げた。


「その装備、金貨数枚は下らねぇな。……おいおい、まさか体を売って稼いだか? お前の貧相な体でも、好きモノには売れたらしいなァ!」


 ゲラゲラと下品な笑い声が響く。

 後ろにいる派手な化粧の女魔導師ミリア、目つきの悪い軽戦士キール、そして巨漢の斧使いバンスも、嘲るように鼻で笑っている。

 ギルド内の空気が凍りついた。これはもう、ただの嫌味ではない。明確な侮辱だ。


 エリスの体が小さく震える。

 顔からは血の気が引き、呼吸が浅くなっているのが分かる。二年間の虐待で植え付けられた恐怖は、条件反射のように彼女の心を蝕む。

 彼女の脳裏には、冷たい雨の中で泥水を啜った記憶や、理不尽に殴られた痛みがフラッシュバックしているはずだ。


 だが。


(……エリス、いけるか?)


 俺はあえて動かなかった。

 これは彼女が、自分の足で前に進むための試練だと思ったからだ。ここで俺が先に動いてしまえば、彼女はずっと「守られるだけの姫」のままだ。

 エリスは震える足で懸命に踏みとどまり、俺を心の支えにするようにギュッと抱きしめた。


 そして、顔を上げる。

 涙目になりながらも、その瞳は逃げていなかった。


「……訂正、してください」

「あぁ?」

「私は体を売ってなどいません。この装備は……私の大切な方が、私を信じて与えてくれたものです!」


 凛とした声が響く。

 予想外の反抗に、ガストンの眉がピクリと動いた。


「大切な方だぁ? その妙な赤丸いマスコットのことか? 新しいご主人様のペットか知らねぇが、随分といい気になってるじゃねぇか、ゴミの分際で!」

「ゴミじゃありません! そしてこの方はペットなんかじゃありません!」


 エリスが叫んだ。

 彼女は俺を抱きしめる腕に力を込め、毅然と言い放った。


「この方は、私を絶望から救い出してくれた……私の『守護者様』です! あなたたちのような卑劣な人たちとは、魂の格が違います!」


 一瞬の静寂の後、ガストンの顔が朱色に染まった。

 Fランクの、サンドバッグ扱いしていた少女に、公衆の面前で否定された。それが彼のちっぽけなプライドを傷つけたのだろう。


「……調子に乗るなよ、クソガキがぁ!!」


 ガストンが激昂し、エリスの胸倉を掴もうと太い腕を伸ばした。

 その暴力的な掌がエリスに届く――その寸前。


 ヒュンッ。


 俺は【浮遊】の出力を最大にし、残像が見えるほどの速度で二人の間に割って入った。


 ガシィッ!


 ガストンの腕が、俺の赤いボディに受け止められる。

 微動だにしない。俺のダルマボディは、物理演算すら無視する質量を持っている(設定上は重くないが、固定しようと思えば岩のように動かない)。


「あ? なんだこの赤玉は……ビクともしねぇぞ!?」


 困惑するガストン。

 俺は『拡声(スピーカー)モード』を起動した。

 俺の言葉は、ガストンだけでなく、エリスや、遠巻きに見ている冒険者たち全員の鼓膜に、直接響くような重低音となって轟いた。


『……おい。その汚ねぇ手をどけろ』


 ビリビリと空気が震える。

 ギルド内がざわめいた。「喋った!?」「なんだ、あの丸いの喋れるのか?」


『次にその腕を数ミリでも動かしてみろ。……二度と剣が握れねぇように、へし折ってやるぞ』


「ひっ……!?」


 ガストンが弾かれたように手を引っ込め、後ずさった。

 得体の知れない殺気。目の前の赤い物体が、ただのマスコットではないことを本能で悟ったのだ。


「な、なんだテメェは! 魔物か!? 気味の悪い声を出しやがって……!」


 ガストンが背中の大剣に手をかける。

 それを見て、取り巻きたちが動き出した。


「キール! バンス! 挟み撃ちにして女を抑えろ! ミリアは魔法だ!」

「へへっ、任せな!」

「おうよ!」


 ガストンの指示で、軽戦士キールと斧使いバンスが左右に散開。素早い動きでエリスの背後へ回り込もうとする。同時に、女魔導師ミリアが杖を構え、詠唱を開始した。

 典型的な「数の暴力」による制圧戦術。

 だが、甘い。

 俺のFPS視界(ハッキング・アイ)には、360度すべての敵性反応が赤いシルエットで表示されている。

 死角など、俺には存在しない。


(ソフィア、マルチロックオン。制圧(サプレス)モード起動。殺さずに、心を折るぞ)

『了解(ラジャ)。アシスト開始』


 まずは魔法使いだ。

 ミリアが口を開き、攻撃魔法の詠唱を完了させる寸前。

 俺は彼女に向けて、この2週間で入手した新MODを発射した。


 プシュッ!


 発射されたのは、半透明の緑色のゲル弾。

 それはミリアの手と杖、そして詠唱しようとした口元を一瞬にして覆い尽くした。


「んぐぐっ!? んーっ!!」


 MOD【粘着弾(バインド・ジェル)】。

 『スティッキー・スライム』から奪取したこのゲルは、強力な接着剤のように対象を壁や床に縫い付ける。ミリアは手を壁に固定され、口も塞がれて無力化された。


「ミリア!? ……クソッ、ちょこまかと!」


 次に動いたのは、左右から迫るキールとバンスだ。短剣と戦斧を構え、エリスを人質に取ろうと殺到する。

 俺は【浮遊】による慣性制御で、コマのようにその場で高速回転した。

 全方位射撃態勢。

 展開するのは、ニードル・ポーキュパインから得た【散弾(ショットガン)】。

 ただし、殺傷設定はオフ。狙うのは二人の足元だ。


 バババババッ!!


「「うおわぁっ!?」」


 キールとバンスの足元の床板に、無数の鋭い針が突き刺さった。

 それは彼らの靴の爪先ギリギリを縫うように着弾しており、あと一歩踏み出していれば足がミンチになっていたという警告だ。


『動くな。次の一歩で、その足は使い物にならなくなるぞ』


 俺の冷徹な警告に、二人はガタガタと震え、武器を取り落とした。

 一瞬で3人が無力化される。


「なっ……一瞬でパーティを半壊させただと!?」


 残るはリーダーのガストンのみ。

 彼は恐怖と怒りで顔を真っ赤にし、大剣を引き抜いて俺に向かって振り下ろそうとする。

 大振りだ。隙だらけにも程がある。

 俺の視界の中で、ガストンの全身に無数の「赤い点(レッド・ドット)」が表示された。


 スキル【威圧(エイム・プレッシャー)】。

 それは殺気を目に見える形で相手に叩きつけるスキル。

 ガストンの目には、自分の眉間、喉、心臓、手首、足首に、真っ赤なレーザーポインターの照準が焼き付いて見えているはずだ。


「ヒッ……!? な、なんだこれは……!?」


 生物としての本能が「動けば死ぬ」と警鐘を鳴らす。ガストンの動きが一瞬硬直した。

 その隙を見逃す俺ではない。


(武器破壊(ウェポン・ブレイク)。ターゲット、大剣の耐久限界点)


 俺は空中に浮いたまま、ガストンの大剣の刀身中央、金属疲労が溜まっている一点を見抜いた。

 魔弾生成。威力調整、貫通特化。


「消えろ」


 ズキュゥゥンッ!!


 乾いた発射音と共に、一筋の赤い閃光が走った。


 パァァァンッ!!


 金属が砕ける甲高い音がギルド内に響き渡る。

 ガストンが握っていた鋼鉄の大剣は、まるで飴細工のように中央から粉々に砕け散り、破片となって床に降り注いだ。


「あ……あ……?」


 ガストンは、握り手だけになった剣の残骸を呆然と見つめている。

 何が起きたのか理解できていない。

 俺はゆっくりと、ガストンの顔の高さまで浮遊した。

 そして、ギルド中の人間に聞こえるよう、堂々と宣言した。


『……聞こえたか、ゴミ屑。エリスはお前らの道具なんかじゃない』


 俺の言葉に、エリスがハッと顔を上げる。


『彼女は、俺の背中を預けるに足る、最高の相棒(パートナー)だ』


「え……っ」


 エリスの大きな瞳から、ぽろりと涙がこぼれ落ちた。

 これまで「役立たず」と罵られ続けてきた彼女が、公衆の面前で、最強の存在に「相棒」と認められたのだ。

 周囲の冒険者たちも、その言葉に息を呑んでいる。


『次にそのふざけた顔を俺たちの前に見せたら、今度はその大剣みたいに、オマエ自身を粉々にしてやる。……失せろ』


「ひ、ひぃぃぃぃッ!!」


 ガストンは腰を抜かし、床を這いずりながら後退った。

 恐怖に歪んだ顔は、もはや冒険者のものではない。

 取り巻きたちも、壁に張り付けられた魔導師を無理やり引き剥がし、逃げるようにギルドから飛び出していった。


 シン……と静まり返るギルド。

 だが、すぐにパラパラと拍手が起こり、それはすぐに大きな歓声へと変わった。


「すげぇ! 『鉄の牙』を追い払いやがった!」

「あいつら、いつも弱い者いじめばっかりしてたからな! いい気味だぜ!」

「やるじゃないか、お嬢ちゃん! あんた凄い相棒を持ったな!」

「へへっ、あの丸っこいの、意外と過激でいい性格してるじゃねぇか!」


 周囲の冒険者たちが、口々に称賛の言葉を投げかける。

 手のひら返しと言えばそれまでだが、これが実力主義の冒険者の世界だ。勝った者が正義。そして今、正義はエリスにある。

 エリスは驚いたように周囲を見回し、やがて安堵したようにへなへなとその場に座り込んだ。

 その顔は、涙で濡れているが、晴れやかだった。


「あ、ありがとうございました……ポンタさん……うぅっ……」

「よくやったな、エリス。お前が勇気を出したから勝てたんだ」


 俺がエリスを労おうとした、その時。

 ギルドの奥から、低い声が響いた。


「……そこまでだ。ギルド内で騒ぐとはいい度胸だな」


 人垣が割れ、一人の男が現れた。

 白髪交じりの短髪に、片目に眼帯をした隻眼の男。歴戦の戦士特有の、鋭く重い威圧感を放っている。

 ギルドマスター、ギデオンだ。

 エリスが慌てて立ち上がり、頭を下げる。


「も、申し訳ありません! 騒ぎを起こしてしまって……!」


 ギデオンは鋭い隻眼でエリスと俺、そして床に散らばった大剣の破片を交互に見ると、フッと息を吐いた。


「話は奥で聞こう。『鉄の牙』の件も含めてな。……ついてこい」

 

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