第3話 次から次へと

「……擬態機能もイカれてる…と。本格的にサバイバルする羽目になったな…」


 逃げ込んだ山中にて。

 デバイスやスーツの機能に異常がないかを確認し終えた私は、あまりの詰みっぷりに絶望していた。

 状況は最悪と言っていい。

 スーツの方は、ステルス機能が死んでいたこと以外は特に異常なかった。

 問題は、デバイスの方。搭載された収集機能と連絡機能、果ては現地調査のために姿を変える「擬態機能」が死んでいた。これを使えば、人間に化けることもできたというのに。

 こうなって仕舞えば、人間社会に溶け込むことなんてできない。

 米と味噌汁なんて夢のまた夢。明日の飲み水すらも心配する必要が出てきた。


「ただ里帰りしただけなのに…」


 いくら軍属でも、ここまで状況が酷いと愚痴の一つや二つ出る。

 せめて工具さえあれば。スーツもデバイスも、いつか地球に帰った時のため、地球のものでもメンテナンスできる様に作った代物だ。その気になれば、DIYを趣味とする人の家にある工具を借りるだけでも直せる。

 問題は、「どうあがいても人目に晒される必要がある」ということだ。

 宇宙人にはハードルが高すぎる。


「嘆いても仕方ないな。

 まずは生活基盤を整えるか」


 使ってない山小屋とかあればいいのだが、そんな都合のいい存在などフィクションの中だけだろう。

 洞窟か、小屋でも作るか。

 そんな事を考えていると、ふと声が聞こえた。


「ここに未登録の『魔法使い』が逃げたって言われてもなぁ」


 あの警官の仲間だろうか。

 茂みに隠れ、声の方を見る。

 ほんの少ししか見えないが、先ほどの警官と似たような格好をした2人が、パトカーから降りる姿が見えた。


「魔力の反応はなかったんだろ?本当にいるのかよ」

「見たって情報があるんだから、いるのは間違いないんじゃないですか?」

「多分、見間違いだろ、見間違い。

 とっとと回って帰るぞ。今日合コンなんだから」


 …なるほど。魔力とやらを探知できる何かがあるわけか。

 魔力の発生条件はなんだ?そもそも、人から発生するものなのか?それとも、石油のような資源なのか?

 少なくとも、ラドクスが使っているエネルギー資源の中に該当するものはない。

 メガネをかけた警官がしばらくあたりを見渡したのち、肩をすくめる。


「だーめだ。箸にも棒にも引っかからん。人間の生体反応、無しだ」

「ほら、見間違いなんだって。居ませんでしたーで終わりだろ」


 科学か魔法かはわからないが、生体反応を見る能力があるらしい。だが、その精度はあまりよろしくないようだ。

 今のうちにどこか遠くに離れるか、と思っていると。


「……ヤベ」


 ふと、メガネの警官が焦った声を漏らした。

 もしや、見つかったのか。

 身構えていると、その警官が通信機を握るのが見えた。


「こちらMA11!吉ヶ岳よしがたけ中腹にて『暴魔ぼうま現象』を確認!現急します!」


 何かは知らないが、パトカーに乗り込んで去ってしまった。

「ぼうまげんしょう」と言っていたな。魔法が存在するこの地球のことだ。漢字にすると恐らく、「暴」れる「魔」とでも書くのだろう。

 一般人に優しくないタイプの地球だ。いや、前世も優しいかと言われたらそうでもなかったけど。

 今のうちに離れるか、と思っていると。


 先ほど去ったはずのパトカーが、目の前に落ちてきた。


「うぉっ!?」


 ひしゃげ、爆炎を上げるパトカー。

 よくよく見ると、中に人らしき影がない。吹っ飛ばされる前に抜け出したのか、それとも吹っ飛ばされた時にどこかに落ちたか。

 少なくとも、無事では済んでないことは確かだ。


「何が起きてるんだか…」


 まるで気が休まらない。

 パトカーを吹っ飛ばした「暴魔現象」のことは気になるが、今はここを離れるのが先決だ。下手に動いてこれ以上の大惨事に発展するのは避けたい。

 そう思い、踵を返した矢先。


 私の退路を断つように、警官2人がすぐそばの木に叩きつけられた。


「うっ!?」

「がはっ!?」


 どさっ、と地面に倒れ、動かなくなった2人。

 呼吸はあるが、その負傷から目が覚めても動けないことは明らかだ。

 ここの人間、頑丈すぎやしないか?あの勢いで木に叩きつけられたら普通死ぬぞ。

 麓にまで届けてやろうか、と思ったその瞬間。


 炎に包まれたパトカーが、突如として落ちてきた影に踏み潰された。


「うぉ!?」


 よくものが落ちてくる日だな。私含め。

 文字通りぺしゃんこになったパトカーを踏み潰したそれが炎を払い、姿を見せる。

 くりくりとした丸い目に長い耳。胴と同じくらいの頭。丸々とした体。


「…………うさぎ?」


 その姿を見れば、誰もがそう漏らしたことだろう。

 が、しかし。その身の丈は熊と同程度。毛も薄いのか、脚に浮き出た血管が良く見える。

 明らかに普通のうさぎじゃない。

 ぴすぴす、ではなく、ふしゅふしゅと息を漏らすそれの目が私の姿を捉える。

 次の瞬間。うさぎが地面を蹴り、凄まじい速度でこちらに突っ込んできた。


「っと、危ないな…!」


 突っ込んできたうさぎを、抱き込むように受け止める。パトカーを吹っ飛ばせるのも納得の一撃だ。

 ただの頭突きでこれなのだ。前世の私なら、蹴られた時点でミンチになる。


「これが『暴魔現象』ってやつか…!!」


 魔法を使う犯罪者に加えてコレか。この世界の公僕は苦労が多い。

 野生動物は人に重大な危害を加えた時点で駆除対象だ。首をへし折るべく、力を込める。

 と。それを嫌がるように、うさぎは私ごと飛び上がった。


「大人しくッ、しろォ!!」


 骨が折れる音が響く。

 が。決定打足り得なかったのだろう、うさぎは甲高い鳴き声をあげ、「空を蹴った」。


「うぉおおっ!?」


 嘘だろ。ちゃんと折ったはずだ。

 だというのに、うさぎはまるで何事もなかったように空を蹴り続ける。

 愕然とする中、うさぎが向かう先が見える。


「街…ッ!?」


 やばい。これが生活圏に降りたら、どんな大惨事になるか。

 スーツのバーニアを起動し、無理矢理にうさぎの起動を変える。

 急な方向転換に対応できるだけの知能はなかったのだろう、うさぎはその勢いのまま山を縫う道路に叩きつけられる。


「流石にこれなら…ッ!!」


 埋もれたうさぎの頭めがけ、拳を突き出す。

 骨ではない、硬いものを砕く感触と音。

 その一撃を受けたうさぎが、患部から世界に解けていく。


「ふー…っ」


 流石にコレで終わりだろう。そう安堵し、拳を引き抜く。


「がっ!?」


 刹那。腹に衝撃が走り、気づけば空を飛んでいた。

 自分の仇への最後っ屁だったろう、うさぎの突き出した足が目に入る。

 慌ててバーニアを起動させようとすると、エラーメッセージが浮かび上がる。


「はぁっ!?!?」


 まさか、さっきの一撃でイカれたのか。

 落ちる先は、先ほど見た街へと流れる川。また水に落ちるのか。見たところ、底はそこまで深くない。底に叩きつけられるのは確実。これ以上スーツが壊れないだろうか。


 心配ばかりが過ぎる中、衝撃と共に私は意識を失った。

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