第2話

視界が、黄金に染まる。


「う、わぁ……っ!?」


眩しい。けれど、熱くはない。

俺の手のひらから溢れ出した光は、まるで意思を持っているかのように、目の前の「壊れた少女」を包み込んでいく。


これまで俺が使ってきた【修復】とは、明らかに異質だった。

ただのヒビを塞ぐような、セコい魔力の使い方じゃない。

もっと根源的な、物質の時間を巻き戻すような奔流。


その時、脳内に無機質な機械音声(アナウンス)が響いた。


『条件達成を確認。対象:ロスト・テクノロジー級・殲滅兵器』

『熟練度が限界値を突破しました』

『スキル【修復】が、ユニークスキル【完全復元(レストア)】に進化しました』


「……え? 完全、復元……?」


聞き慣れない単語に戸惑う俺の目の前で、奇跡が起きた。


ボロボロに剥げ落ちていた塗装が、瞬く間に埋まっていく。

錆びついていた関節は滑らかな光沢を取り戻し、断裂していた配線が生き物のように繋がり合う。


砕け散っていた胸の動力炉(クリスタル)が再生し、眩い深紅の輝きを放ち始めた。


『対象の管理者権限(アドミニストレータ)が消失しています』

『新規登録を開始……マスター:レン。認証完了』


「……ッ!」


光が収束する。

そこにいたのは、さっきまでの「鉄クズ」ではなかった。


月光を織り込んだような、サラサラの銀髪。

透き通るような白磁の肌。

身体の各所に走るラインが、呼吸に合わせてネオンのように赤く明滅している。


あまりの美しさに、俺は呼吸を忘れた。

神話に出てくる女神が、そのまま形を持ったかのようだ。


『ピ……ガガ……』


背後で不快な音が響く。

忘れていた。俺たちはまだ、死の淵にいるんだった。


振り返ると、巨大な機械犬たちが包囲網を縮めていた。

その数、10体以上。

口から火花を散らし、獲物を引き裂こうと一斉に飛びかかってくる。


「しまっ――」


俺が身構えた、その時だ。


『フォォォォン……』


空気が震えるような駆動音が鳴り響いた。


「――マスターに仇なす下等生物(バグ)を検知」


鈴を転がすような、しかし氷点下の冷たさを帯びた声。


次の瞬間。

俺の目の前に「銀色の風」が吹いた。


ドォォォォォンッ!!


轟音。

俺に飛びかかろうとしていた先頭の機械犬が、横合いから殴り飛ばされ、壁に激突して粉砕されたのだ。


「え……?」


瓦礫の砂煙が晴れる。

そこに立っていたのは、あの少女だった。


彼女は優雅に右手を掲げている。

華奢な指先が、カシャカシャと複雑に変形し、小さな銃口が現れた。


「対象、脅威レベルD。駆除モードへ移行します」


『グルァァァッ!』


残りの機械犬たちが、怒り狂って彼女に殺到する。

Sランクパーティーの戦士ですら、囲まれれば苦戦するほどの速度だ。


だが――彼女にとっては、止まって見えているようだった。


「遅い」


ヒュンッ!


彼女の姿がブレた。

最小限の動きで爪撃を回避し、すれ違いざまに機械犬の首を素手で引きちぎる。


さらに、背後から迫る敵を見もせずに、指先から紅いレーザーを放った。


ジュッ!!


「ギャ……ッ!?」


鋼鉄の装甲が、まるで豆腐のように切り裂かれる。

一撃必殺。

硬い外殻も、魔力障壁も関係ない。


「な、なんだよ、これ……」


俺は腰を抜かしたまま、その光景を見上げることしかできなかった。


強いなんてもんじゃない。

元リーダーのガイルだって、こんな芸当はできない。

彼は剣技と身体強化で戦っていたが、彼女は根本的な出力(スペック)が次元違いだ。


「ゴミ掃除完了。残存反応なし」


戦闘時間は、わずか十数秒。

あたりには、スクラップと化した機械犬の残骸だけが転がっていた。


彼女は舞うような所作で着地すると、スカートの埃を軽く払い、俺の方へ歩いてくる。


(や、やられる……!?)


俺は反射的に身を竦めた。

あんな圧倒的な暴力を見せつけられた後だ。

用済みになった俺も、消されるんじゃないかという恐怖が走る。


だが、彼女は俺の目の前まで来ると――。


カシャン。


その場に膝をつき、深く頭を垂れたのだ。

まるで、忠実な騎士のように。


「起動シークエンス、正常終了。動力炉出力、安定」


彼女は顔を上げ、濡れたような赤い瞳で俺をじっと見つめた。


「再起動(レストア)感謝します、我が主(マスター)」


「……主? 俺が?」


「はい。貴方様の魔力供給により、私は長い眠りから覚醒しました。私の機体コードは『アイリス』。古代大戦期に製造された、対魔導殲滅用アンドロイドです」


アイリスと名乗った彼女は、無表情のまま、しかし確かな熱を込めて告げる。


「これより、この身は貴方様の剣となり、盾となります。どうか、私に命令を」


「めい、れい……」


震える手が、彼女の頬に触れる。

冷たい金属の感触ではない。ほんのりと温かい、人肌の温もりがあった。


夢じゃない。

俺は、生きてる。

それどころか、こんな……とんでもない力を持った彼女が、俺に従うと言っている。


『お前のスキルはゴミだ』

『ポーション代の無駄だ』


脳裏にこびりついていた罵倒の声が、ガラガラと崩れ去っていく気がした。


俺のスキルは、ゴミなんかじゃなかった。

壊れたガラクタを直すだけじゃない。

古代の遺産すら完全な姿で蘇らせ、従わせることができる力だったんだ。


「……よかった」


気づけば、俺の目から涙が溢れていた。


「俺……生きてて、よかった……っ」


恐怖からの解放。

そして何より、「自分には価値がある」と証明されたような気がして。

俺はアイリスの肩にすがりつき、子供のように泣き崩れた。


アイリスは一瞬だけ不思議そうに小首を傾げたが、すぐにぎこちない手つきで、俺の背中を優しく撫でてくれた。


「マスターの心拍数の異常上昇を検知。精神安定(リラックス)を推奨します。……よしよし」


その無機質だが温かい声が、冷え切った俺の心に染み渡っていった。


この日。

全てを奪われた俺は、世界最強の「相棒」を手に入れた。

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