その孤児は魔術の真理を知っている

とうもろこし@灰色のアッシュ書籍化

1章 真理を知る孤児

第1話 孤児のカイル


「にいちゃん、早く外で遊ぼうよ~!」


「はやく~」


 洗濯物を畳んでいると、ヤンチャ盛りな弟二人が僕の背中に突撃してきた。


「ダメよ! お兄ちゃんはアタシとおままごとするんだからっ!」


 間髪入れずに「ダメ!」と叫ぶのは、両手にオモチャの野菜とおたまを持った妹。


「にいたん、本よんで?」


 更には一番下の妹までもが参戦し、彼女は僕の赤い髪を優しく摘まみながらアピールしてくる。


 兄と姉がギャイギャイと騒ぐ中、静かに要求してくる様はさすが末っ子と言えるだろう。


「はいはい、待って。家事が終わったら順番に遊んであげるから」


 そんなチビ達に毎日翻弄される僕の名前はカイル。


 孤児だ。


 僕はクレセル王国王都の孤児院で暮らしており、僕のことを兄と呼ぶチビ達も孤児。


 まだまだ小さな子達に代わって家事を手伝いながら生活している。


「カイル、こっちは終わったから手伝うわね」


 そう言って洗濯物を手に取ったのは孤児院を任されているグロリア先生。


 今年で六十になる女性であり、僕達の母親代わりになってくれている人だ。


「そういえば、ギルドの職員試験は来週だったかしら?」


「うん、そうだね」


「勉強はどう? 時間は取れてる?」


 グロリア先生は心配そうに僕へ問う。


 いや、申し訳なさそうと言った方があっているかもしれない。


 彼女がこんな表情を浮かべる理由は、僕がいつもチビの世話をしているからだろう。


「大丈夫だよ。寝る前にやってるから」


 グロリア先生と一緒に家事の分担をしつつ、子供達を寝かしつけて。


 それから一人の時間を作っては冒険者ギルドの準職員試験に向けての勉強を毎日続けてきた。


 準職員試験は十六歳から受けられ、僕は今年の春で十六歳になったばかり。


 だとしても、抜かりはない。


 試験に合格するため、必要な知識は何年も前から勉強してきたから。


「準職員になれば今よりもお金を稼ぎやすくなるからね! 絶対に合格するよ!」


 孤児院の運営は国が行っていて、毎月決まったお金が予算として与えられる。


 基本的な衣食住を保証される生活はありがたいとしか言えない。


 ただ、趣向品などは自分で稼いだお金を使うのがルールだ。


「準職員になって二年実務を積めば正職員! 正職員になれば将来安泰だし、安定した生活を手に入れられる!」


 ――学歴も無ければ実家の家業もない。


 孤児の僕が一人立ちして生活するためにも、身分問わずに採用してくれて、毎月決まった給与を得られるギルド職員は非常に魅力的だ。


「毎日、日雇い仕事の有り無しで一喜一憂しなくて済むしね」


 今よりお金を稼げればチビ達にお菓子をねだられても断らずに買ってあげられる。


 孤児院の備品だって予算に追加して最新式――特に錬金術を用いて作られた魔道具式の調理器具だって買える! 


 そうすれば家事の負担も減って先生も楽になる!


「それに僕が稼げたらチビ達を学園に入れられるかもしれないし」


 まだ隣でギャイギャイと暴れるチビ達をチラリと見て。


 この子達が真っ当な道を進めるよう、兄として道を作ってやらなければいけないと強く想う。


「……貴方は本当に優しい子ね」


「ううん。僕の弟と妹だもん」


 だって、こんな可愛いチビ達が将来悪党になってしまっては悲しいじゃないか。


 数十年後、誰かが騎士団に逮捕された――なんて話は聞きたくないよ。


 悲しい未来は口に出さず、僕は先生に笑みだけを見せた。


「兄ちゃん、ギルド職員より騎士団の方がいいんじゃない!?」


「お兄ちゃんは『まじゅちゅ』が使えるじゃーん!」


 またしてもドドーンと連続で背中へ突撃してくる弟達。


 年々背中に加わる衝撃が強くなるのは、彼らが元気に育っている証拠とも言えるだろう。


「兄ちゃんの魔術じゃ騎士団に入れないよ。僕の魔術は薪に火をつけるものだし」


 弟達の言う通り、僕は魔術が使える。


 魔術師という存在は世の中的にそう珍しくなく、専門的な勉強と訓練を積めば誰でもなり得る存在だ。


 ただ、僕が使う魔術は騎士団や冒険者の間で使われる『戦闘魔術』ではなく。


 単に薪を燃やすための種火を生み出すもの。


 これは日々の家事を少しでも楽にしようと体得した魔術だ。


 そんな魔術一つで騎士団に乗り込むなど、笑い話以外にならないだろう。


「ああ、そうだ。騎士団と言えば、一昨日に警告があったでしょう?」


「王都の外に大量の魔物が出たって話?」


 グロリア先生が「ええ」と心配そうに頷く。


「討伐が終わったって話は聞こえてきたけど、万が一があっては怖いわ。子供達が王都の外に出ないようしっかり見ていないと」


「うん、そうだね」


 魔物ってのは恐ろしい生き物だ。


 訓練された騎士や冒険者でも殺されてしまう。


 王都周辺は他の領地より安全だって話はよく聞くし、実際に今回の事件が起きるまでは特に問題はなかった。


 王都入口の近くで子供達が遊んでいても何ら問題は無い毎日だったのだけど……。


 しかし、気を付けるに越したことはない。


 先生の提案にウンウンと同意していると、玄関の方から『おーい、カイルはいるかね~?』と老人の声が聞こえてきた。


 声の主は近所に住むご老人、トット爺ちゃんだ。


「トット爺ちゃん? どうしたの?」


「おお、カイル。少し手伝いが欲しいんだ。金も出るから、どうだ?」


 曰く、王都周辺に大量出現していた魔物を騎士団と冒険者が討伐。


 討伐された魔物の死体を焼く仕事の人手が足りないらしい。


「魔物を焼くだけならカイルの魔術でも出来るだろう? それに払いは騎士団だから日雇い仕事より割がいいぞぉ」


「本当?」


 トット爺ちゃんはいつも僕やチビ達を気にかけてくれる良き隣人だ。


 こうして割の良い仕事を持ってきてくれるのも今回が初めてじゃない。


「いつもありがとう、爺ちゃん」


「何言ってんだ! これも近所付き合いさ!」


 ワハハ! と豪快に笑う爺ちゃんには感謝しかないな。


「先生! 爺ちゃんと仕事行ってくるよ!」


 玄関先から叫ぶと、奥から先生の声よりも先にチビ達の「ええ~!」というブーイングが聞こえてくる。


「ええ、分かったわ! 気を付けて!」


 ひょっこりと顔を出した先生に苦笑いを向けつつ、僕はトット爺ちゃんと共に王都の外へと向かった。



 ◇ ◇



「うわ、すごい数」


 王都の外には討伐された魔物の死体が山積みになっていた。


 ざっと見た感じ、百体……いや、もっとだ。


 分散された死体の傍には、騎士団に雇われたであろう肉体労働者が地面に穴を掘っており、十分な深さになった穴には次々に魔物の死体が投げ込まれていく。


「まだ騎士団と冒険者も待機しているんですね」


「魔物の死体を喰う魔物もいるらしくてなぁ」


 そういった魔物から作業者を守るためか、王都の騎士団も勢揃いってくらいの人数がいる。


 更に冒険者も数十名。


「これほどの数が一度に討伐されるなんて、王都じゃ本当に珍しいことだからな」


 ただ、これだけの人がいれば安心して作業できるだろう。


「あんな感じでやればいいのかな?」


 僕は穴に向かって魔術――魔術式を構築して火の玉を撃ち出す男性を指差しながら爺ちゃんに問う。


「おお。穴の中にある死体に油をぶっかけてから焼いてくれ」


「うん、分かった」


 爺ちゃんに案内された穴の前まで来ると、既に魔物の死体が投げ込まれていた。


 近く配置された大樽に入った油を使い古したジョッキですくい、それを何度も穴にぶっかけて。


「いきまーす」


 僕は小さく息を吐くと、人差し指を穴へと向ける。


 そして、毎日の家事をこなすように。薪を燃やす時と同じように。


 ペッと指先から魔術『種火』を撃ち出した。


 ぴょんと飛んだ種火は穴に落ち、油と共に魔物の死体を焼き始める。


「くっさ」


 独特な匂いに鼻を摘まみながらも、次の死体を燃やす準備をしようとしたところで――


「お、おい! お主!!」


 背後から少女の声が聞こえてきた。


「え?」


 振り返ると、そこにいたのは文官? と思われる男性と十一歳くらいと思われる長い髪の少女。


 とんでもない美少女だ。


「お主! 今、何をした!?」


「ぼ、僕?」


 自分で自分を指差すと、少女は「そうじゃ!」と言って、薄緑色の長い髪を暴れさせながらズンズンと近付いてきた。


 近付いてきた少女は僕の服を掴むと、予想以上の力で僕の顔を引き寄せる。


「お主、魔術式を構築せずに魔術を使っておったじゃろう!?」


「ひ、ひぃ……」


 目を血走らせた少女の顔を間近で見た僕は、人生一番の情けない声を漏らしてしまった。



※ あとがき ※


本日は4話まで投稿します。

ストック分は毎日投稿予定です。


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