4-8:魔女の憂鬱
「……アリシアちゃんって、一体どういう経緯であいつらと組んでるの?」
「え?」
その何の前触れのない問いかけに、アリシアはきょとんとした顔で振り返る。
寝支度のため髪を櫛でとかしながら、脳裏で経緯を順序立てるように、目線が少し上を向く。
「えっと、まずレグナスさんとは、この間のローグアナの事件で知り合ったんです」
「ローグアナ? あそこ何かあったっけ?」
『あれっスよ。例の氷づけ事件のことじゃないっすか? 姐御が遺跡探している最中に起こったやつ』
傍らでフォローを入れるタマに対し、リュミエールは「ああ」と合点がいったように小さく手を鳴らした。
「街中にユキイタチが入り込んで、大騒ぎになったやつよね。あなた達その場にいたの? 結構大変だったんじゃない?」
「そうなんですよ。私とヴァルドさんとレグナスさんで、親玉の女王様を倒したんですけど強くて……」
平然と話すアリシアに対し、リュミエールは思わず「は?」と声が漏れる。
「……大ボスを倒したのって、あなた達なの?」
「はい! 最後は私が勢い余って、女王様と一緒に時計塔から落っこちちゃったんですけど、間一髪の所でヴァルドさんが助けてくれて――」
「ちょっと待って、まさか一つ聞いて、質問が倍以上に増えるとは思わなかったわ」
リュミエールは急な頭痛に襲われたかのように、頭を抱えながら彼女を制した。
ローグアナの事件については、フェルムの町で人づてに聞いただけで、深く事情を把握しているわけではなかったのだが、まさか目の前にその当事者がいるとは思わなかった。
是非とも詳細を知りたい所だが、今優先して聞きたいところは、そこではないのだ。
「前に会った時は、とても他人と組むようなタイプには見えなかったんだけど、変わったわね
ヴァルドの名前を出した途端、少し彼女の声色に、棘が混じったような気がした。あの時の彼とのやりとりが、まだ彼女のどこかで、引っかかりがあるようにもとれる。
あまりにも正直なリアクションに、アリシアは思わず苦笑した。
「すみません……ヴァルドさん、口振りは
そう言いながら、外にいる彼を想うように、アリシアはその方向に無意識に目線を向けた。
その目の光には、憧憬でも恋慕でもない、また別の感情が宿っているようにも見える。
「あの人が来てくれなかったら、この国が危ないなんて知らないまま、私は自分の村で、のんびり暮らしていたままだったと思います」
「……“この国が危ない”ってどういうこと?」
彼女の不穏な一語に、リュミエールは訝しげに問いかけると、就寝用に髪をくくり終えたアリシアは、パタパタと足音を立てて彼女の隣に腰を下ろした。
そして一つ一つ、丁寧に語りかける。
国で起きている異変のこと、自分の力のこと、自分たちが目指している場所のこと。
そして――あの不器用な魔法師のこと。
自分の尊敬する人が、このまま誤解されたままというのは、純粋に寂しい。
一通り説明し終えた頃、アリシアはふとリュミエールの方を見た。
彼女の目線は床に向いており、顎に手を当てながらぶつぶつと、思考を整理するように独り言を呟いている。
「他者に“
「……『グレース』さーん?」
自分の世界から戻れなくなっているリュミエールに対し、彼女の視線を遮るように手のひらをちらつかせると、我に返った彼女はようやく、現実に意識を戻した。
彼女はバツの悪い顔をして、思わず目を逸らす。
「ごめんごめん……私、一度ものを考え出すと、本当周りが見えなくなっちゃうのよ……悪い癖よね」
「悪い癖なんかじゃないですよ。それだけ自分を忘れちゃうくらい、一生懸命になれるってことがあるって事でしょう? すごいことですよ!」
やや自虐的に遠くを見るリュミエールに対し、アリシアは否定することなく、心底尊敬するようにまっすぐ彼女を見た。
普段のリュミエールであれば、単なる社交辞令だと、軽く流していたかもしれない……が、これが演技だとしたらお手上げだ。
世間知らずから来る無垢として片付けるには、普通に心が絆されそうになる。
そんなことを、リュミエールが空いた思考の中で耽っているとも知らずに、アリシアは彼女に向き合うように姿勢を少し変えた。
次は自分の番、とでも言うように声を弾ませる。
「『グレース』さんは、どうして古代の魔法文明について調べてるんですか?……レグナスさんにも聞きましたけど、相当危ないこともやったって」
最後は少し、彼女の身を案じるように、声のトーンが落ちる。
それに対し、リュミエールは半ば誤魔化すように視線を泳がせた。
「そーね。自分勝手な好奇心っていうのも嘘じゃないけど……」
リュミエールの中で一瞬、建前と本音とどっちで返すべきか迷いが生じた。
本来であれば、今日初めて会って、なおかつ自分の野望のために雇った傭兵相手に、ここまで義理堅く接する必要性は皆無である。
だが、ここまで自分に対して誠実に接してくれた彼女に対し、それを無碍にすることは彼女のプライドが許さなかった。
「私はね、古代の当時の魔法を蘇らせて、オルヴィルのみんなの生活を、今よりもっと楽にしてあげたいの。そのために少しでも魔法文明の手がかりが欲しくて、遺跡に潜ったりしてるわけ」
リュミエールは得意げにその指を立てて杖のように振るう。
「古代の魔法が使えるようになれば、例えば遠く離れた街同士、門を魔法で繋いで、その門を経由して一瞬で移動できるようになる!」
「ええ!? すごーい! 遠くに行くのが今よりずっと楽になりますね!」
「魔硝石いらずのランプに、自動で動く荷車とかできるかもしれないわね」
「そんなこともできるんですか……!?」
彼女の話す理想を、アリシアは後を追うように頭の中でイメージを膨らませる。
すると、今まで漠然と不便と考えていた事柄が、彼女の話す理想によって次々と一転するような未来が見えて、子どものように笑った。
その様子をリュミエールも察したのか、彼女に釣られるように笑ってしまった。
そのような綺麗事を達成することが、自分の野望のはずなのに、アリシアはある意味自分以上に、その理想を信じてしまっているのではないだろうか。
「……彼らがたくさん、行き過ぎた研究をやってきたことも事実だわ。でも、だからこそ、悪い事も良い事も全部、後世の私たちが受け止めて、繋いでいかなきゃいけないって思うのよ」
気づけばリュミエールの目は、アリシアの方を見ていない。
彼女がその目線の先に誰を見ているのか、今のアリシアにはわからなかった。
最後にリュミエールはぽつりと、寂しそうに呟く。
「彼らだって、滅びたくて滅んだんじゃないはずだもの……」
「『グレース』さん!」
元気づけるように、アリシアは力強く彼女の手を取ると、それに気圧されたリュミエールは目を丸くする。
「私、明日の遺跡探索、頑張りますね! 『グレース』さんの夢が少しでも近づけるように、絶対何か見つけて帰りましょう!」
「う、うん……ありがと」
まさに感情が原動力と言わんばかりの、アリシアの力強さ。
思わずそれに流されそうになったリュミエールは、彼女の純粋性に対してかえって心がざわついた。
(……これは案外、苦労しているのは向こうの二人の方なのかもね)
リュミエールは無意識に、視線を外にいる二人の方向に向けた。
最初はアリシアの方が、二人に振り回されている側なのかと思っていたが、中心にいるのは、このお人好しの少女の方らしい。
彼らの表に見えない気苦労を思いながら、ほんの少し同情した。
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