第3話

 ギルドの裏手には、簡易的な訓練場があった。

 地面は踏み固められ、木製の標的、藁束の人形、武器を試すスペースまである。


 そこにはすでにバルドが腕組みをして待っていた。


「よし来たな新人! さあ、軽く身体を動かしてみろ!」


「軽くって、どの程度・・・」


 言い終わらないうちにバルドが木剣を投げてきた。


「うおっ!?」


 俺は咄嗟に木剣をキャッチした。


「反射は悪くねぇな! じゃあ行くぞ。手加減はしてやる!」


 バルドが足を踏み込むと、地面がズシンと揺れた。

 

「うわ、っちょっ・・・!」


 木剣を構えたバルドが、大木のような腕で勢いよく振り下ろしてくる。


 ドンッ!!


 衝撃波が起き、土が舞い上がった。

 バルドは手加減“する”とは言ったが、“軽い”とは言っていない。


「ちょっ、これで手加減かよ!」


 俺は横に飛び退き、なんとか直撃を避けた。だが、バルドの動きは巨体に似合わず速い。


「いいぞ! ちゃんと避けられるじゃないか!」


「避けるしかねぇんだよ!」


 直撃してたら死んでても可笑しくない一撃だったが、文句を言う暇も無く次の一撃が来る。

 木剣同士が当たれば確実に折られる。俺は直感的に理解した。


 それなら、“分解と再構築”で強度を上げれば・・・


 意識を持っている木剣に集中すると、内部構造が見えるような感覚。俺は流れるように“再構築”を発動させた。


 ボッ・・・!


 木剣に淡い光が走り、表面が強化される。そこへバルドの木剣が振り下ろされた。


 ガギィィン!!


 まるで鉄同士がぶつかったような音が響く。


「おおっ!? 耐えた!? なんだその木剣!」


「え、いや。まぁ、その・・・」


 誤魔化そうとしている間も、バルドはどんどんテンションが上がっていく。


「ははは! 面白ぇ! じゃあ本気で。いや、手加減の“少しだけ解除”だ!」


「無理ムリむり、解除すんな! 怖いから解除すんなって!!」



 そこからは本当に地獄のようだった。

 バルドの木剣は大木のような破壊力で地面を抉り、衝撃で藁人形が吹き飛ぶ。俺は避け、地面を転がり、木剣を受け流し、汗だくで必死に生き延びた。

 気が付くと、訓練場の外にはギルド職員や冒険者の見物人が増えていた。


「あれは新人か?」

「バルドさんにあそこまで喰らいつくなんて、根性あるな」

「すげぇ剣さばきだ」

「いや、槍じゃないのか!? なんで木剣を槍のように使ってんだ!?」


 ヤベェ。一回でも直撃してたら死んでた!

 こいつは受付じゃなくてギルドの用心棒だろ!

 てか、なんで俺はギルド初日から公開処刑されてんだよ!




 やがて、バルドは満足そうに木剣を肩に担いだ。


「よし! こんなもんだな!」


「し・・・死ぬかと思った」


「いい動きだったぞ新人! 特に途中から剣の扱いが目に見えてよくなっていた! 素質ありだ!」


 バルドは豪快に笑いながら、親指を立てやがった。


「そ、そうですか・・・」


「よし、ギルド試験は合格の“見込み有り”ってことで受付に伝えとく!」


 見込み有りってなんだよ。こんだけやって合格じゃねぇのかよ。



 訓練場の端では、リナがタオルと水を持って心配そうに待っていた。


「シンタローさん、大丈夫ですか!? 無茶させられてません?」


「はい、まぁ、なんとか、生きてます」


 リナは苦笑しつつも安心したようだ。


「でも、バルドさんが認めるって、本当にすごいことなんですよ」


「そ、そうなんですか?」


「はい。あの人、頭の中まで筋肉みたいに見えますけど、見る目は鋭いんです」


 俺は思わず吹き出した。

 仲間内のギルド職員からも脳筋って思われてるのかよ。

 こうして俺は、ギルド最初の試練をなんとか乗り越えたのだった。




 ギルドの奥にある検査室は、薄暗く静かだった。木製の壁に魔法陣が刻まれ、中央には水晶球が置かれている。


「ではシンタローさん、こちらに手をかざして、ゆっくり魔力を流してくださいね」


 リナが優しく微笑む。

 一方で後ろのバルドは腕を組み、ニヤついていた。


「オッサン、魔力ゼロって線もあるからなぁ。気ぃ楽にしとけよ!」


 うるせーよ。筋肉ダルマのバルドにオッサンとは言われたくねぇよ。お前だってみため40歳は過ぎてるだろ。

 俺は苦笑しながら、水晶球に手を伸ばす。


 ん?

 魔力を流すって、どうやるんだ?


 魔力・・・魔力・・・魔力?

 意識を集中させると、不思議と胸の奥が熱くなり、それが腕を通り、指先へ・・・。


 ボンッ!


 水晶球がまぶしく光った!


 ピシッ・・・


 水晶球にヒビが入り始め、


 パリンッ!!


「「「えっ?」」」


 水晶球は破裂し、破片と煙が部屋に散った。




「おいオッサン、魔力ゼロどころか規格外じゃねえか!」


「こ、これってヤバい?」


 俺は咳き込みながら姿勢を立て直し、割れた水晶球を見下ろした。

 この水晶球って、どう考えても高いよな。俺が壊したって事になれば、俺が弁償するのか?

 ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 現在無一文の俺に弁償能力なんて無いぞ。


 リナは青ざめた顔で、震える声を出した。


「ヤバいどころじゃありません。水晶球はS級冒険者でも壊れません。ギルド記録が書き換わるレベルです」


 バルドが俺の肩をガッと掴んだ。


「シンタロー。お前、隠れ大魔術師か何かか?」


「いや、俺は普通のサラリーマンだ・・・」


 室内が静まり返る。




「あの。シンタローさん。もしかして、転移者では?」


「・・・」


 俺は返事ができなかった。

 だが、その沈黙が、雄弁に語っていた。




「面白くなってきたじゃねぇか」


 バルドの声だけが薄暗い部屋に響いた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る