第5話 王女と騎士と猫

わしがこのフィッツランド王国に来てもう三年ほどになる。

最近ではすっかり飼い猫生活が板に付いてきた。

「ふみゃぁ~……」

あくびをして体を伸ばし、髭をクシクシやってから起き上がり、さっそく台所に向かう。

そこにはいつも通り朝食を作るユーリの姿があり、肉の焼けるいい匂いがしていた。

「半熟じゃぞ」

「あいよ」

と気さくな朝の挨拶を交わし、テーブルの上にひょいと飛び乗る。

しばらく待っていると、ベーコンエッグにパン、スープが出てきた。

「いつも通り簡単なものじゃなぁ」

「凝ったのが食いたければもう少し早起きしてハンナさんにねだってくれ。ていうか、あっちで寝泊まりした方が美味い飯が食えるだろ」

「ふっ。それもよいが、それ以上にお主の魔力は魅力的ということじゃな」

「へぇ。よくわからんが、魔力って言うのは人によってそんなに違っているのか?」

「ああ。お主の魔力は純粋で穢れがないから、安心して取り込むことができる。まぁ、心地よさで言えばアーニャも負けておらんが、主食がお主、デザートがアーニャといった具合かのう」

「なるほど。わかるようでわからんな」

「ふっ。こればっかりは神獣ならではの感覚じゃからな。ヒトの身では理解しきれんだろうて」

と言いつつ、人間の作法に従って、朝食を美味しくいただく。

そして、ユーリが、

「午前中、私は刀の手入れを頼みにゴードンさんの店に顔を出そうと思っているが、マロンはどうする?」

と聞いてきたので、

「そうさのう。わしは久しぶりにアーニャのところにでも遊びにいってくるかな」

と答えて、その日は王城に向かうことにした。

慣れた様子で庭を横切り、大きな玄関で門番に挨拶をして中へ入れてもらう。

城の中を慣れた様子で歩いていると、ちょうど向こうからアナスタシア付きのメイドが歩いてくるのが見えた。

「おーい。遊びにきたぞ!」

「あら。マロン様いらっしゃいませ。アナスタシア殿下なら、サロンで読書をなさっておりますわよ」

「うむ。では案内してもらおうかの」

「うふふ。かしこまりました。失礼しますね」

そう言ってメイドは私を抱きかかえ、踵を返しサロンの方に向かっていく。

私はメイドの腕の中でいつものように丸くなり、髭をクシクシとやった。

しばらく歩き、サロンの前に到着する。

私が遊びに来たという旨のことをメイドが部屋の中に向かって告げると、まるで鈴を鳴らしたかのように可憐な声で、「どうぞ」という言葉が返ってきた。

パッとメイドの腕から飛び降り、

「ご苦労じゃったのう」

とメイドを労ってからサロンの中に入っていく。

部屋に入るとそこには豪華なソファに座り、なにやら分厚い本をめくっているアナスタシアの姿があった。

「ごきげんよう。姫様」

と少し気取った言い方で冗談ぽく挨拶をすると、アナスタシアはニコリと笑い、

「ごきげん麗しゅう。神獣様」

と、こちらも冗談めかしたような感じで挨拶を返してきた。

さっそくアナスタシアの膝の上にひょいと飛び乗り、

「勉強とは感心じゃのう」

と言って丸くなる。

そんな私をアナスタシアは優しく撫でながら、

「うふふ。お褒めにあずかり光栄だわ」

と微笑んで見せた。

「何を読んでおったんじゃ?」

「ええ。外国から取り寄せた珍しい薬学の本を読んでいたのよ。シャーリー先生が面白いから読んでみるといいって貸してくださったの」

「ほう。最近会っておらんがあやつも息災か?」

「ええ。相変わらずよく食べるし、時々は森にも出かけてらっしゃるみたいよ」

「なるほど。相変わらず武闘派の薬師というわけじゃな」

「うふふ。そうなるかしら」

そんな話をしてアナスタシアの膝の上で、「くわぁ~……」とひとつあくびをする。

それからは、静かな時間を過ごし、アナスタシアの澄んだ魔力を十分に堪能させてもらった。

「殿下。そろそろ」

アナスタシア付きの騎士セレナがそう声を掛けてきて、昼が近いことを知る。

「今日はわしも馳走になるぞ」

「はい。ご用意してあります」

「うふふ。お食事の時にお外のお話いっぱい聞かせてね」

「ああ。主にユーリの化け物っぷりの話になるじゃろうがな」

「あら。それは楽しみだわ」

と言葉を交わし席を立つ。

そして、豪華な装飾が施された廊下をアナスタシアに抱かれて進み、これまたさすがは見事な装飾が施された王族の食堂へと入っていった。

「お。今日はマロン殿もご臨席か」

王マルシウスにそう言われたが、さして気にすることもなく、

「うむ。邪魔をしておる」

と鷹揚に答えとっとと席に着く。

私の席の対面には、

レイサス、ミリシアの王太子夫婦とその子で四歳になるチャールズが座っていた。

「猫ちゃん!」

と嬉しそうに私に手を振ってくるチャールズに、

「うむ。元気そうでなによりじゃな」

と答え、軽く手を振り返してやる。

チャールズはきゃっきゃと喜び、母である王太子妃のミリシアにぎゅっと抱き着いた。

「大好きな猫ちゃんが一緒でよかったわね」

と微笑みながら我が子を撫でるミリシアとそれを微笑ましく眺める王族一同というなんとも温かい雰囲気のところに料理が運ばれてくる。

最初は前菜に始まり、綺麗に盛りつけられた肉や魚が順に運ばれてくる。

そして、最後にパスタを食べると〆のデザートを食べながら、ゆったりとしたお茶の時間となった。

「庭師さんたちは相変わらず大活躍ですのねぇ」

アナスタシアがそう言ったのを受けた、王が、

「この国の根幹をなす部隊だからな。これからも活躍してもらわんといかん」

と言ったので、私はすかさず、

「たまには苦労を見舞ってやれ。やつらの士気もいっそう上がるじゃろう」

と、苦言とまではいかない程度のアドバイスを差し挟んだ。

「そうだな。最近、任せっぱなしになっていた。そのうち視察にいってみんなには酒の一つも振舞ってやろう」

「うむ。そうするがよい」

そんな真面目なことを言いつつも、チャールズの膝に抱かれて、好きなように撫でさせてやる。

チャールズは幼いので、撫で方も非常に不器用だったが、なるべく優しく撫でてあげようという気持ちが伝わってきたので、私は甘んじてその不器用な撫で方を受け入れた。

ゆったりとした時間が続く食堂に、

「陛下。そろそろ」

と執事が声を掛けてくる。

「うむ」

とうなずいて王が席を立つと、その日の昼食はそこまでとなった。

またアナスタシアに抱かれてサロンに向かう。

「午後も一緒にご本を読んでくれるの?」

「うむ。ユーリは騎士団といっしょに稽古をすると言っておったから、わしはのんびりさせてもらおうかのう」

「あら。それは面白そうね。是非、見学に行きたいわ。ねぇ、セレナも見てみたいでしょ?」

「はっ。できればまたユーリと手合わせをしたく存じます」

「うふふ。そうね。今日こそ一本とらなくちゃね」

「はい。あの化け物から一本取るのが私の目標ですから」

「ははは。セレナ、お主もたいがいよのう。よかろう。午後はみんなで騎士団の稽古の見物としゃれこもうじゃないか」

「いいわね。ではさっそく準備をいたしませんと」

そう言って、急遽騎士団の稽古を見物に行くことが決まる。

アナスタシアとセレナがそれぞれに準備を整えると、私たちは騎士団の稽古場に向かって移動を始めた。

道中、

「セレナ。頑張ってね」

「はっ! 必ずやご期待に沿ってみせます」

「ふっ。あまり気負うでない。あやつに負けたところでなんの恥でもないからのう」

「あら。やっぱりユーリさんってそんなに強いのね」

「ああ。あの強さはもはや人の頂点と言ってもいいだろう。だが、恐ろしいことに潜在能力からすると、まだまだ伸びしろが十分にありそうじゃからな……。末恐ろしいというものじゃわい」

「あれでさらに伸びしろが……」

「まぁ。それは頼もしいことですわね」

「はっはっは。さすがわしが見込んだだけのことはある」

「うふふ。セレナ本当に頑張ってね」

「……はっ」

と会話をしているうちに稽古場の闘技場に到着する。

そして、そこからは激しい稽古を見物し、充実した一日を過ごした。

帰り道、ユーリにコテンパンにされたセレナを慰めつつ、王城に向かう。

「うふふ。惜しかったわね。セレナ」

「面目次第もございません」

「いや。以前に比べればずいぶんと良くなっておる。そこに身体強化の魔法が上手く使いこなせるようになれば、ユーリを慌てさせるくらいのことはできるようになるじゃろう。なに、わしが見る限りお主もそこそこ才能があるでな」

「……精進いたします」

セレナはずいぶんと落ち込んでいるようだったが、その瞳の奥にはまだまだ消えない火がしっかりと灯っているのを見て、私はなんとも頼もしく思い、どこか嬉しい気持ちでアナスタシアの腕からぴょんと飛び降りた。

「では、またな。アーニャ」

と軽くアナスタシアに声をかけると、アナスタシアは少し寂しげにしつつも、ニコリと笑って、

「ええ。いつでも遊びに来てね」

と言ってくれた。

「うむ。近いうちにまた遊びにいこう」

と約束してグランフォード伯爵一家が住む屋敷へと足を向ける。

(さて。今日の飯はなんだろうか? 王家の食事も良いがやはりハンナの味を一度覚えてしまうとなぁ……)

そんなことを考えながら歩いていると、やがて私の鼻になんとも言えないうま味がたっぷり詰まっていそうな匂いが届いてきた。

(む! この匂いはまさか?)

と思いつつ勝手口を開け、台所に入る。

「あら。マロンちゃん。おかえりなさい。今日は水炊きよ」

そう言われて飛び上がりたくなるほど嬉しい気持ちになったが、私はそれをなんとか抑え、

「うむ。今日も期待しておるぞ」

といかにも落ち着いた風を装ってそんなことを言いつつ、胸の内では、

(ラーメンじゃ!)

と叫びながら台所を出て家族の食堂に向かっていった。

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