10
碧葉という男はヘビースモーカーのようで、雪乃が校舎に入っていくまでの間、煙草をふかしながら見つめている。
最近は車を背にし、一服している姿がよく目撃されている。
“雪乃を心配して律儀に送り迎えをしてくれる男”として印象づけられているが、煙草を咥えるその姿は品行方正とは言いづらい。
しかし、それも人を惹きつける要素となっているようで、密かに彼を楽しみにしている女子も多い。
ますます雪乃の支持者は増えていたし、教師に目をつけられていた。
直は何食わぬ顔で、いつも山田とそこを通り過ぎる。
視線は交わさない。
しかし、あの煙草の匂いだけは避けられようもなく。反射的にマフラーを上げた。
――嫌な匂いだ。
それが雪乃の日常に馴染んだ匂いだとしても。
* * *
直が図書委員の当番をしていると、雪乃が図書室に現れた。
しかし、たまたま訪れたようで全く気づく様子がない。
目線より高い場所にある本を背伸びして取ろうとしてみたり、表紙を見て首を傾げてみたり、中の文体を確認したり。
選ぶのに悩んでいるのは明らかだった。
文庫本を開いていたはずの直だが、1ページも動いていない。視線は雪乃の横顔を追っている。
うろうろと彷徨っていたかと思えば、突然足を止めた。
手に取った本を確認すると、雪乃は表紙を撫でながら微笑んだ。世界的に流行ったファンタジー小説だった。
「あれ?」
貸出カウンターのほうへと振り返り、やっと直の存在に気付いた雪乃は、目を丸くしている。
「これ、お願いします」
貸出の手続きを行う。
先ほどの雪乃の表情を思い出しながら、軽く表紙を爪で叩いた直は、「面白いの?」と聞く。
「面白いよ。碧……年上のお兄さんによく読んでもらったの。懐かしい」
「……そう」
言い直されても、碧葉と口にしようとしていたのは明白だった。直は奥歯を噛みしめる。
「何年ぶりかなぁ」と思い出している姿は幸せそうで、いい思い出だったのだろう。そこの空白には直は割り込むことができない、この先もずっと……。
* * *
いつもと変わらない朝が来る。
生徒たちは学校に集まり、噂話に花を咲かせている。
今日も変わらず、雪乃は碧葉に送迎され、教師に軽く睨まれたようだ。それでも彼女は健気に笑っている。
「教師に目をつけられないようにしてあげたいけど、俺たちではな……」
山田が誰とは言わずに、綾と話している雪乃のほうを見る。
「ちょっとやりすぎだけど、大事にされてて素敵だってさ。俺とあんなイケメン大学生を比べるなっての。直だって、そう思うよな?」
不貞腐れた様子の山田は同意を求めるが、直は「ああ」とだけしか答えない。その目は手元の文庫本の文字を追っている。
「俺はお前のこと応援してるからな!」
「なにを?」
「何をって、雪乃ちゃんのことだよ。お前だって気になってるよな?」
「別に。……本人が受け入れてることだ」
「それはそうだけど……」と山田はぼやく。
直は返事をせず、ゆっくりとページをめくった。
物語だけが進んでいく。
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